王国㊾

「それでカヤの話とは何だ? もし私との同盟――協力を希望するなら、こちらとしても断る理由はないが――」

「そうね。協力関係を結ぶのは私も賛成よ。ただ、その前に聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」

「貴方は王国と帝国の戦争に関与している。その過程で大勢の人が死んでいるわ。貴方はこの世界で何をしたいの? 大勢の人を殺して楽しいの? この世界はゲームとは違う、みんな必死で生きてるのよ」


 カヤの真摯な眼差しがレオンに突き刺さる。

 人の命を奪うのは許せないと言わんばかりだ。

 カヤの気持ちはレオンも分かる。人殺しは立派な犯罪だ。相応の罰を受ける必要もあるし、どんなことがあっても許されることではない。それはこの世界でも変わらないだろう。それでも、力を見せつけなければ進展しないこともあるはずだ。

 レオンは俯き加減で顎をさすり、頭の中を整理する。


「私の目的は同じギルドに所属している仲間を探すことだ。もしかしたら、この世界には来ていないのかもしれない。それでも探さず諦めるのは間違っていると思う。同時に元の世界――現実に戻る手立てがないかも探している。この二つが、私がこの世界で最も重要視していることだ。それと人を殺して楽しいと思ったことは一度もないからな。そこは勘違いしないでほしい。だからと言って、襲ってくる相手を生かしてやるほど、私はお人好しではないぞ。お前は先ほど言ったな? この世界はゲームとは違うと。それと同じように、平和な日本とも違うということを忘れるなよ。最後に、今回の戦争に関与した件についてだが――まぁ、単純に獣人と人間、この二つの種族に仲良くなって欲しいからだ。その過程で少なくとも、アスタエル王国、ロマリア帝国、レッドリスト、この三つの国には和平を結んでほしいと思っている」


 話を聞いたカヤは訝しげにレオンを見た。

 集めた情報ではレオンの従者は二十を超える。しかも自分の従者たちとは違い、従順で有能との報告を受けていた。それだけの従者がいるなら、水面下で帝国の動きを封じることもできたはずである。


「それならどうして戦わせたりするのよ。貴方なら事前に止めることも出来たんじゃないの?」

「一時的に争いを回避しても、またいつか近いうちに、帝国は王国に攻め込んだはずだ。根本から変わらなければ意味がない。今回の戦いで、もし帝国が戦うことの愚かさを知ってくれたら、私はそれだけで収穫があると思っている。それに獣人の力を見せつけられた今となっては、もはや獣人と戦う気にはならないだろう。同じような理由で、獣人と和平を結ぶ王国を、もう一度敵に回したいとは思わないはずだ。後は時間をかけて互いの中を改善できたらと、私は考えている」

「――何も考えてない、というわけではなさそうね」


 全てに納得することは難しいが、それでもカヤにも頷ける部分はある。何より、人殺しを楽しむだけの愉快犯ではないと知り、少しはほっとした部分があった。


「それで――私と同盟を結んでくれるのか?」

「もちろんよ。私も現実の世界に戻りたいもの。情報を集めるにしても、仲間は一人でも多いに越したことはないわ」

「では同盟成立だな」


 レオンが前のめりになり手を差し出すと、カヤはしっかりと手を握り返す。


「よろしくねレオン」

「こちらこそ、よろしくなカヤ」


 二人が手を離して笑みを見せると、パチパチと手を叩く音が聞こえてきた。

 ニナだろうかと視線を向けるが、ニナはキョトンとしている。そして明らかに音の聞こえる方向が違っていた。


「レオン様、同盟成立おめでとうございます」


 声の方に視線を移すと、扉の前にノインが佇み、にこやかに笑みを浮かべている。扉を開ける音もしなければ、いつからいたのかも不明だ。


「ノイン、いつからそこにいた?」

「お話の初めからです。お茶をお出ししようと思ったのですが、邪魔をしてはいけないと思い気配を消しておりました」


 今になって仄かに紅茶の香りが漂ってくる。恐らくは匂いが漏れないように結界を張っていたのかもしれない。

 しかも、扉を開ける音も聞こえなければ、姿も今まで見えなかった。つまり、気配をけしたまま透明化インビジブルを使い、転移の魔法で部屋に入り、紅茶の香りが漏れないように素早く結界を張ったことになる。


(確信犯か――、間違いなくカヤたちを監視していたな)


 普通は怪しんでも可笑しくない状況にも関わらず、お茶を乗せたカートを押してくるノインを見て、カヤとニナは嬉しそうに頬を緩めた。

 テーブルの上に置かれたのは三段重ねのティースタンド。クッキー、マカロン、スコーン、色とりどりのお菓子の他にも、軽食のサンドイッチも乗せられている。

 鼻を抜ける紅茶の香りも相まって、ノインが「どうぞ」と一声かけると、二人は直ぐにマカロンに手を伸ばした。

 二人が喜ぶのも分かるが、危機管理が甘すぎるのでは? とレオンは眉間に皺を寄せた。


「言い忘れたが、それは毒入りだぞ?」


 レオンの言葉に二人の動きがピタリと止まる。

 カヤが「えっ?」と阿呆のように口を開けて固まっていた。口からは食べかけのマカロンがポロポロと零れている。

 ニナに至っては「ブァッ」とマカロンを勢いよく吐き出していた。


(汚いな……)


 後方で控えていたノインが、吐き出したマカロンを防御魔法で全て受け止めているが、今度はそれがテーブルの上にボタボタと落ちた。

 直ぐに後方から「清掃クリーン」と声が聞こえ、吐き出されたマカロンは綺麗になくなる。


「冗談だ。毒は入っていないから安心しろ」


 カヤはマカロンをゴクンと飲み込み、恨めしそうにレオンを見た。

 

「もう、なんてこと言うのよ。本当に驚いたじゃない」

「お前たちは警戒心がなさすぎる。食べ物を出されたら毒を疑え、不用意に他人の言葉を信じるな。もし私がお前を殺そうとしていたらどうするつりだ?」

「なにいってんのよ。レオンはそんなことしないでしょ?」

「私はそうだが、もしかしたら、お前を殺そうとするプレイヤーがいるかもしれないだろ?」


 カヤは意味が分からないと首を傾げる。


「どうして私が殺されるのよ?」

「はぁ……、分からないのか? プレイヤーの中には、他のプレイヤ―を殺してでもアイテムを奪おうとする奴がいるかもしれない。この世界はゲームとは違う。アイテムを剥ぎ取ることも出来るんだぞ?」

「でも私の装備こんなだよ? 剥ぎ取る意味ないでしょ?」


 カヤは手を広げて自分の身に着けている衣服を見せる。

 確かに価値のないアイテムだが、それでもインベントリの中には価値のあるアイテムがあるかもしれない。


「では聞くが、もし拘束されて拷問を受けた場合はどうする? 相手がインベントリから全てのアイテムを出せと言ってきても、お前は拷問に耐えられるのか?」

「それは無理だけど――でも普通そこまでする? そんなこと有り得ないでしょ?」

「この世界は平和な日本とは違うんだぞ? ゲームの中でプレイヤー狩りをする奴らのことを聞いたことがあるだろ? そんな奴らがこの世界に来ていないと何故言える。もっと用心しろ。死んだら生き返るかも分からないんだからな」


 カヤの表情が目に見えて暗くなる。

 伏し目がちに紅茶を見つめ、思いつめたように口を開いた。


「――ねぇ、やっぱり生き返らないのかな?」

「確かめようがないだろ? 分かるはずがない。この世界の人間は蘇生はできたが、ゲームの時とは違っていた。蘇生の仕方が違う以上、プレイヤーが蘇生できるとは思わないことだ。油断して死んだら生き返らないでは、取り返しがつかないからな」


 事の重大さを理解したのだろう。

 か細い声で「そうね……。今度から私も気をつけるわ」と告げるのが微かに聞こえた。








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