王国㊽
「それで? お前のマスターは俺に何の話があるんだ?」
「レオンさんと仲良くなりたいんだと思いますよ? 私のマスターは生産特化で弱っちぃので」
自分の主を弱っちぃと告げる従者はどうなのだろう。
レオンは後で告げ口をしてやろうと心に留めた。今後のためにもニナは叱られた方がいいのかもしれない。
「つまり同盟を結びたいというわけか……。断る理由はないが、先ずはお前のマスターと話をしてからだな。いつなら会える?」
「今すぐに会えますけど――呼びましょうか?」
レオンは周囲を見渡し難色を示した。
人影はないが、薄暗い路地裏は落ち着いて話をするような場所ではない。街に流れ込む死臭も気になる。
「少し待て、話をするなら場所を移動する。お前のマスターもこんな場所で立ち話はしたくないはずだ。転移の魔法を使うが構わないな?」
「もちろんですよ」
即答するニナに対してレオンの表情は険しい。
(俺なら罠があることを見越して簡単には応じないけどな……。こいつは本当に大丈夫なのか? いくら何でも危機感がなさすぎだろ?)
レオンは以前、ニナを軍師にと考えていたことを思い出す。
結果的にスカウトには失敗したのだが、もし軍師になっていたらと思うと背筋が凍る思いだ。
例え優れた考察が出来たとしても、危険に対する認識が甘くては話にならない。何で目の前の馬鹿を軍師にしようと思ったのか、レオンはつくづく自分の人を見る目のなさを痛感する。
「では私の屋敷に移動するぞ」
ニナは迷わず頷いた。
罠を警戒している様子は微塵も感じられない。それなら今の内にと、レオンはニナの肩に手を置き、転移の魔法で屋敷の応接室へ飛んだ。
直ぐに部外者の気配を感じてフュンフが姿を見せるが、レオンと行動を共にしていることから手を出すようなことはなかった。それでも警戒しないわけではない。いつでも攻撃ができるよう、それとなく臨戦体勢をたもっている。
「レオン様、その者は冒険者ギルドの受付では? 確かニナという名ではなかったかと」
「よく覚えているな、その通りだ。そして他のプレイヤーの従者でもある。ニナを創ったプレイヤーが私に話があるそうだ。これから客人として出迎える。お茶を三つ用意してくれ」
「畏まりました。では念のため、アインス以外のナンバーズを全て招集します。それ以外にも戦闘に特化した従者を――」
レオンは軽く手のひらを前に突き出し、フュンフの言葉を遮った。
「これから同盟を結ぶかもしれない相手だ。下手に警戒をされたくない。お茶を運ぶノインだけ部屋に入ることを許す。それ以外の者は誰も入ることを許さん」
「ですが、それでは――」
「よいな」
レオンは僅かに語気を強めた。
「……はっ、レオン様がそう仰るのであれば」
フュンフは姿を消す間際、主に手を出したら許さないとニナをひと睨みする。
尤も、ニナはフュンフをそっちのけで、初めて入る部屋の中を物色するように見渡していた。
所属ギルドが
ニナは部屋の壁際に置かれているチェストや調度品に目を凝らす。
「中々いい仕事をしていますね。このソファセットも素晴らしいです」
ニナはソファの弾力を手で押して確かめ、嬉しそうに口を開いた。
褒められて悪い気はしないが、そんなことより話を進めたいというのがレオンの本音だ。
「ニナ、それよりもお前のマスターを呼んでくれないか? お前の居場所をトレースしてこちらに来られるだろ?」
「そうですね。じゃあちょっと待ってください」
ニナはレオンに背を向け、通話を自分の主であるカヤにつないだ。
レオンはその様子を静かに見守る。話をしたいというからには向こうから出向いてくれると思うが、いざとなればこちらから出向くことも考慮しなくてはならない。
「レオンさん、マスターがこちらに来るそうです」
「そうか――」とレオンが安堵する中、小さな少女が姿を現す。
黒い髪を後ろで束ね、紺色の作務衣を身に纏った純和風の少女だ。
足元まで草履という拘りようで、素足で履いた草履からは、可愛らしい小さな足の指を覗かせている。外見は小さな職人と言ったところだろうか。
少女の黒い瞳はニナを視界に捉え、部屋を見渡し、最後にレオンで視線を止めた。
「貴方がレオン?」
「その通りだ。お前はプレイヤーで間違いないんだな?」
「ええ、そうよ。私は生産ギルド、
「構わんとも。いまお茶の準備をさせている。ゆっくりくつろいでくれ」
レオンであれば、敵か味方かも分からないプレイヤーの前でくつろぐことなど到底無理だ。
しかし、カヤは「ありがとう」と謝辞を告げると、迷いもなくソファに深く腰を落とした。ソファの背もたれに体を預け、弾力や感触を確かめている。
まるで警戒心が感じられない。
(このプレイヤーにしてこの従者ありか――。ニナの警戒心の薄さが何となく分かった気がする)
ニナもカヤの隣に座り、「このソファいいですよね」と笑顔で会話を楽しんでいた。緊張感の欠片もない。
レオンは向かいのソファに腰を落として二人の話に割って入る。
「そんなに家具が好きなのか?」
カヤはソファを手で押しながら視線だけをレオンに向けた。
「私は家具職人だから、どうしても家具の良し悪しを確かめたくなるのよ」
「それはゲームの中で、と言うことか?」
「ゲームと現実の両方よ。もともと
「腕を磨く? ゲームの世界で腕を磨いても意味がないだろ?」
「そんなことないわよ。レジェンド・オブ・ダークはクリエイトツールが充実しているから、現実と同じように、一から木材を手で削り出すことも出来るわ。それにオーダーメイドの家具を作る際には、ゲーム内で一度その家具を作って顧客に確認してもらうの。椅子なら座ってもらって背もたれの長さや脚の長さを確認できるし、デザインが気に入らなければ、その場で手直しもできる。現実ではそこまでのことはできないでしょ? それで顧客のOKが出てから、現実の世界で作業に取り掛かるのよ。特に今は良質な木材の値段が高騰しているから、絶対に失敗はできないのよね」
「良質な木材でオーダーメイドか、随分と高級志向だな……」
レオンはもちろん既製品の家具しか購入したことがない。
人並みのサラリーは貰っているが、オーダーメイドの家具は夢のまた夢だ。特に昨今では環境の悪化により木材の値段は軒並み高騰している。
市場に出回る殆どの木製家具は合板だが、それでも金属や樹脂より、値段は数倍にも跳ね上がる。半世紀前には割り箸と呼ばれる木で出来た使い捨ての箸があったらしいが、それも今では都市伝説になりつつあった。
昔の人は随分と贅沢をしていたものだと、レオンは顔をしかめたくなる。
「確かに私のところはお金持ちの顧客が多いわね。安い椅子でも一脚で五十万くらいはするし――それだけに材料費が高いのよ」
「とても手を出せる金額ではないな……」
「そんなことはないでしょ? 貴方には課金の従者が沢山いるみたいだし、それだけ稼いでいるなら高い買い物じゃないでしょ?」
レオンはカヤの返答に迷う。
課金ポイントはあるが当選して貰ったもの、レオン自身は一円も課金していないからだ。だからと言って素直に答えるのは躊躇われた。
妬み嫉みは争いを生む。
レオンは関係が悪化することを懸念して言葉に詰まる。
「――ま、まぁ、それなりに稼いではいるが、ゲームに課金をしているせいで、高い買い物をする余裕はないな」
「貴方もそのパターンか――。最近多いのよね。私の顧客も何人かゲームにばかり課金するようになって、家具を買ってくれなくなったのよ。私の生活は貧しくなる一方だわ……」
カヤは眉間に皺を寄せてムスッとしている。
もしかしたらカヤには死活問題なのかもしれないが、それはゲーム内に顧客を招いているカヤが悪いのでは? とレオンは思う。
尤も、余計なことを口に出して怒りを買うのは得策ではない。さっさと話しを進めるかと、レオンは話を切り出すことにした。
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