王国㊺

 戦いが終わり数日が経つ。

 王国を勝利に導いたヴァンに意を唱える者はいない。帝国の追撃は見送られ、兵士は死んだように眠りについた。追撃したくとも追撃をする余力がないというのが本音なのかもしれない。

 レオンの屋敷を訪れたヴァンは、応接室に通されるなり、ソファにゴロンと寝ころんだ。前回と同じく部屋にいるのはレオンとヴァンの二人だけだ。誰の目をはばかることもない。

 レオンもヴァンの態度にはなれたもので、特に気にする様子はなかった。


「随分と疲れているようだな」

「俺はもう動けん。動きたくない――」


 ヴァンは誰のせいだよと恨めしそうにレオンを見た。

 最後は半日以上も戦わされ、苦手な軍議にまで駆り出されている。向けられた視線は、これ以上のお願いは勘弁してくれと言わんばかりだ。


「分かっている。これ以上の頼み事はしないから安心しろ」

「本当だな? 絶対だぞ? 俺はもう頼みは聞かないからな」


 ヴァンはソファから起き上がり、駄々っ子のように捲くし立てた。

 レオンもこれ以上の無理を強いるつもりはない。今回の件は日数も去ることながら、シャインの護衛もあり常に気の休まる暇などなかったはずだ。そういう意味でも、無理を聞いてくれたヴァンには感謝をしてもしたりないくらいだ。

 相応の謝礼を支払う必要があるな――

 レオンは心からそう思っていた。

 だが今回ヴァンを呼んだのは謝礼を渡すためではない。

 謝礼として渡す肉の塊は、とても一日で食べきれる量でないし、無理に食べて腹を壊されたらヴァンに申し訳が立たない。かと言って食べきれない分を持ち運んで肉が傷みでもしたらヴァンも困るはずだ。そのため肉はヴァンの居城に届けるつもりでいた。

 今日ヴァンを屋敷に呼んだのは、少し話をしたいからに過ぎない。


「ヴァンが嫌がるのは最もだな。私だって長時間、何日も会社に拘束された時には、こんな会社は潰れてしまえと思ったものだ」


 レオンは瞳を細めて昔を懐かしむ。

 会社に泊まり込んで不眠不休で仕事をしたことがあるが、あれは地獄だ。

 寝ていないから脳が働かず作業効率が悪い上、出来あがった書類はダメ出しを食らうという散々な結末もしばしばあった。

 しかも頑張って期日までに書類を仕上げても、上司からは仕事が遅いと小言を言われる始末だ。

 何よりゲームにログインできないストレスがやばい。

 そんな忌まわしい過去の思い出を懐かしむ日がこようとは、レオンは皮肉なものだと苦笑する。


「言ってることはよくわかんねぇが、頼みごとがないならどうでもいいや。じゃあ俺はもう自由に行動していいんだよな?」

「当然だ。謝礼は後でお前の城に届けさせる。それより今日は聞きたいことがあって呼んだのだ」

「聞きたいことねぇ……。そういや俺も聞きたいことがあるんだが――フュンフの言ってたことは本当か?」


 ヴァンはフュンフの言葉を忘れていなかった。

 「もし街が落ちたら、貴方ひとりの命で償えると思わないことね」ヴァンの頭の中でフュンフの言葉が鮮明に蘇る。

 ずっと疑問に思っていた。この言葉にレオンの意思が含まれているとは思えないからだ。

 少なくともヴァンにはレオンの意思は感じられない。果たして本気でそんなことを思うだろうか?

 友好関係にある今では、獣人に手を差し伸べているにも関わらずだ。


「フュンフがお前に何か言ったのか? 俺はお前やシャインを陰から守れとしか命じていないが――」


 レオンは首を傾げて斜め上に視線を移す。

 そのまま自分の記憶を探るが心当たりがまるでなかった。ヴァンに視線を移し「何を言われたんだ?」と再び首を傾げる始末だ。

 ヴァンは取り越し苦労かとほっと息を漏らす。

 発言がフュンフの独断ならつじつまも合う。恐らくはやる気を出させるための方便なのだろうが、洒落にならないから勘弁してくれとヴァンは項垂れた。


「なんでもない。俺の勘違いのようだ。それでお前の話ってのは何なんだ?」

「そうだな。聞きたいのは、この剣と鎧のことだ」


 レオンがインベントリから取り出したのは漆黒の剣と鎧だ。

 テーブルの上に突如として現れた剣と鎧にヴァンは驚きもしない。最初は驚いたが今では見慣れた光景である。

 レオンの部下も行えるため、一部の獣人の間では、当然のように受け入れられていた。もちろん口止めをされているため口外することは絶対にない。

 ヴァンは目の前に置かれた剣を手に取り、材質を確かめ始めた。そして剣先を爪で何度か弾き、魔法が出ないことに眉間に皺を寄せる。

 

「色は変わっているが金属はミスリルか――だが強度が異常だ。それに俺が斬られた時には魔法が出たんだが、今は出ないようだな」

「うむ、概ね正解だ。剣と鎧はミスリルだが、特殊加工で強度が高められている。色が黒いのは加工で金属が変色したからだ。剣に施された魔法は後から付与せれたもので、持ち主に対して魔法は発動しない」

「この剣のこと知ってるのか?」

「まぁな……。この剣と鎧について、帝国の奴らが何か言ってなかったか?」

「そう言われてもなぁ。最近手に入れたとしか、それ以外のことは記憶にないな」

「最近か……」


 事前に聞いていたフュンフの情報と同じであった。

 もしやと思いヴァンを呼んだが、得られた情報の少なさにレオンは肩を落とす。

 テーブルの上に置かれた剣と鎧は恐らくこの世界のものではない。それはゲームの世界でよく知られた剣と鎧だからだ。

 レベル70、漆黒の剣ブラックソード漆黒の鎧ブラックアーマー

 これで漆黒の楯ブラックシールドがあれば漆黒三点セットの完成である。これらは同レベルの武具の中でも、頭一つ飛び出た性能を持つ実戦向きの武具だ。

 ゲームの中では弱い武具だが、この世界では破格の性能なのは間違いない。二十という数を踏まえても、この世界で作られたとはどうしても思えなかった。

 自ずとレオンの中でプレイヤーの影がちらついていた。


「少しでも出所の情報が掴めればと思ったんだがな――」

「役に立てなくて悪かったな。もう用がないなら俺は帰らせてもらうぜ」

「真っ直ぐ国へ帰るのか?」

「ああ、シャインの容体も良くなったし、街にいる意味もないからな。それに王国の奴らが変に気を使ってくるんだよ。どうも居心地が悪くて困る」

「お前らしいな。魔法で国まで送ることもできるが――どうする?」

「必要ない。気分転換に走って帰るよ」


 ヴァンはソファから立ち上がり、「じゃあな」と一言告げて部屋を後にした。

 残されたレオンはと言えば、テーブルの武具を見つめて大きな溜息を一つ漏らした。


「はぁ……。俺も気分転換に外に出て見るか――」





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