王国㊷

 監視者が誰かは分からない。恐らくはフュンフと呼ばれる褐色の女性とは思うが確信はなかった。ただ一つ確実に分かることは、監視者が苛立っているということだけだ。そうでなければ急かすような真似はしないだろう。

 ヴァンは迫るくる敵を見据え、グッと足に力を入れた。

 速度は力だ。

 攻撃力を倍加させ、触れることすら敵わない。

 それが――


「〈狼王の歩みフェンリルステップ〉」


 またもやヴァンの姿が一瞬にして消えた。

 だが影の中に潜ったのではない。ヴァンが地面を蹴る度に土煙が舞い上がり、大地が抉れた。

 同時に騎士の一人が弾かれたように吹き飛ばされる。

 ガンガン音を鳴らしながら地面を転がり、百メートル以上も吹き飛ばされてようやく止まった。

 他の騎士たちは動かない仲間を見て事態を理解する。


「密集陣形を取れ!」


 騎士の一人が叫ぶと、三人、または四人一組で、死角を補うように背中合わせで身構えた。

 どんなに鎧が頑強であろうと中の人間は別だ。

 多少の衝撃は鎧で緩和できるが、それでも限界はある。あれだけの衝撃を全て受け流すことなど出来ようはずがなかった。

 吹き飛ばされた騎士が動かないのが何よりの証拠だ。

 騎士たちは攻撃に備えて身構え、逆に一撃を加えようとヴァンの姿を探す。

 しかし、地面を蹴る音と土煙は見えるがヴァンの姿が見当たらない。それどころか隣に居た筈の仲間たちが、けたたましい音を立てながら吹き飛ばされていく。

 どんなに警戒をしても姿が見えないのでは意味がない。

 冷汗が流れ落ち、騎士たちは焦る。

 衝撃に備え重心を低く構える。攻撃を体で受け止め、その隙に一撃を加えようと試みるが、全く意味をなさなかった。せいぜい吹き飛ばされる距離が数メートル短くなる程度だ。

 ヴァンは最後の騎士を吹き飛ばして姿を見せた。

 近くに転がる騎士を蹴り上げ仰向けにすると、漆黒の鎧を見て舌打ちをする。


「ちっ、どうなってんだこの鎧は――」


 鎧の隙間からは夥しい血液が流れ落ちている。

 間違いなく中の人間は死んでいるだろう。だが鎧にはヴァンの爪痕が僅かに残るだけ、しかっりと原型を留めていた。

 高威力の攻撃スキルを身につけていないとは言え、速度の乗った一撃は分厚い楯すら砕く自身があった。それだけに悔しいものがある。

 ヴァンは子供が拗ねるように僅かに地面の土を蹴り上げた。

 尤も、ヴァン以上に悔しいのはテオである。馬上の上から動かない騎士たちを縋るような思いで見つめていた。それでも現実が変わることはない。騎士たちは立ち上がることなく、ヴァンだけが悠然と歩みを進めている。

 帝国の切り札が勝てない相手だ。

 本来であれば直ぐにでも逃げ出し、態勢を立て直すのが賢明である。だがテオにも直ぐに引けない理由があった。

 地面に転がる漆黒の剣と鎧を見つめ、テオは兵士たちに指示を出す。


「重歩兵は前に出ろ! 少しでも奴の足止めをするのだ! 他の兵士は急いで剣と鎧を回収しろ! 絶対に敵の手に渡してはならん!」


 剣と鎧が何を指すかは一目瞭然であった。

 特殊装甲兵団が身に着けていた漆黒の剣と鎧は帝国の宝だ。間違っても王国に奪われてはならない。もし仮に奪われたとしたら、それは帝国の力が削がれ、王国の力が増すことを意味する。目の前の獣人に備える意味でも、何としてでも持ち帰る必要があった。

 兵士たちもそれを分かっているため、テオの指示に逆らうものはいない。

 重歩兵は覚悟を決めてヴァンの前に立ちはだかり、足の速い兵士は剣と鎧の回収に走る。

 だがそれを許すほどヴァンも甘くはない。

 狼王の歩みフェンリルステップを巧みに使い、足の遅い重歩兵を瞬く間に切り刻む。次々に出来る死体の山を目の前にして、テオに出来ることは剣と鎧の回収を祈ることだけだ。

 だが、その願いが叶うことはなかった。

 兵士の心が折れたのだ。

 目の前で同僚が、仲間が、親友が殺されていく。それも無慈悲に、何もできずに、僅かな時間を稼ぐためだけに命を落とす。

 理不尽な光景を目の当たりにして正気でいられるはずがなかった。

 狂ったように叫ぶ者、泣き出す者、逃げ出す者、呆然と立ち尽くす者、統率の取れなくなった軍が瓦解するのは早かった。それでもヴァンは殺し続ける。

 先ずは足の遅い重歩兵を、次は漆黒の剣と鎧を持って逃げる兵士を、それらを全て殺すと近くの兵士を手当たり次第に――

 もはや戦いですらない。一方的に殺されるだけの屠殺と同じだ。

 テオは声を張り上げるが誰の耳にも届かない。兵士の泣き叫ぶ声が全ての言葉を相殺していた。

 阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 気付けばテオの近くにいた兵士は全て殺され、テオだけがぽつんと取り残されていた。


「嘘だ……。こんなことがあるはずがない」


 夢であったなら――

 そんな思いを込めたテオの言葉は直ぐに否定される。


「嘘じゃねぇよ。だが、こうなる未来は回避できたんだ。選択肢を間違えたお前が悪い」


 声の方に視線を移すと、剣が届くほど近い距離で、ヴァンが睨むように佇んでいた。

 テオは咄嗟に剣を抜いて振り下ろす。

 攻撃が通じるとは思っていない。ただ自分の怒りを吐き出すように、力任せに剣を叩きつけた。

 ヴァンはそれを躱そうともせず立ち尽くしたまま動かない。

 高い金属音が一度鳴るだけ、ヴァンの硬い体毛で、剣は難なく受け止められていた。


「テオとか言ったな? 俺はお前を殺さない。自分の過ちを後悔しながら生き続けろ」


 ヴァンはテオが跨る馬に爪を突き刺す。

 訓練された軍馬とは言え、痛みや恐怖を感じないわけではない。命の危険を感じた軍馬は狂ったように走り出した。

 テオは馬を制御しようと必死に手綱を操るが、馬が速度を緩めることはなかった。速度の乗った馬からの落馬は命の危険すらある。このままでは死ねない。その思いだけがテオを馬にしがみつかせていた。 

 遠ざかるテオの後ろ姿を見つめ、周囲に誰もいなくなると、ヴァンは影に向かって話しかける。


「これでいいのか?」


 敵の兵士は逃げ出し、もうこの場に生きている兵士はいない。敵を追い払うという意味では自分の役目は終わりのはずだ。


「まだよ。全ての帝国軍を追い払うこと。それがレオン様からのご命令でしょう? それに北の門が破られて王国が苦戦しているわ。もし街が落ちたら、貴方ひとりの命で償えると思わないことね」


 姿は見えないが声だけが聞こえる。

 ヴァンは聞き覚えのある声に眉間に皺を寄せた。

 間違いなく監視者はフュンフだ。

 しかもレオンからのお願いではなく、はっきりと命令とまで言い切っている。あまつさえ任務の失敗は仲間の死を疑わせるような言葉も――

 それが本当にレオンの言葉なのかは疑わしいが、今のヴァンには従うより他なかった。


「分かったよ。シャインのことは任せていいんだよな?」

「――仕方ないわね。まぁいいでしょう。それともう一つ、漆黒の剣と鎧は私が回収します。王国には余計なことを言わないように」

「分かってるよ。じゃあシャインのことは頼んだぞ」









―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


粗茶「ヴァンのステータスを公開します」


ヴァン・ウォルフ

狼王 

LV    84

HP   5427

MP   241

SP   4898

攻撃  4654

防御  3471

魔攻   194

魔防  1795

敏捷  5898

耐性   55

運    68

スキル 風爪 狼王の歩み etc




粗茶 「トカゲの恥ずかしいステータスがこちらになります」


サラマンダー(ゆたんぽ)

肉   9999(トカゲ100%)

脂肪    0(脂身皆無)

筋   7600(硬くて噛みきれない)

サシ    0(サシ皆無)

旨味  -100(不味い) 

匂い  -30(少し臭い)

総合評価 駄肉


サラマンダー「((((;゚Д゚))))」




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