王国㊲
ポツリ、またポツリと雨が降り落ちる。
それれはいつしか豪雨となり、恵みの雨となって街に降り注いだ。
厚い雲で月は隠れ、街は完全な闇に飲み込まれる。ときおり上空に走る稲妻が僅かばかりの明かりだ。
ノインは土砂降りの雨に打たれながら、人通りのない裏路地をつまらなそうに歩いていた。工作員は四人一組で動いている。結局自分に回ってきた工作員は四人だけ、活躍の場が殆どないことへの不満が募る。
「もう少し私の分を残してくれてもいいのに……。最後の四人だし、どうしようかなぁ――捕らえた方がいいかなぁ? 迷うなぁ――」
ノインはブツブツ呟きながら顔に滴る雨を拭う。普段はサラサラの長い髪が、今はべっとりと張り付き少し煩わしい。
それがノインを憂鬱にさせた。
だからと言って任務を疎かにするつもりはない。例えどのような環境であっても、与えられた任務を全うする覚悟は出来ている。
ただそれでも、雨は嫌だと思うくらいは許されてもいいはずだ。思うだけなら誰にも迷惑をかけることはないのだから――
「来ましたか――」
真っすぐ向かってくる四人の男を目にして、ノインはその場で足を止めた。
だが男たちはノインを一瞥すると横をすり抜け遠ざかる。
服装からただのメイドと判断してのことだ。
雨により作戦は失敗。一刻も早く身を隠すことを優先するのは当然だろう。メイドごときに浪費する時間などあろうはずがない。
しかし、襲われると思っていたノインは拍子抜けである。振り向き「えぇ……」と残念そうに声を漏らした。
「無視するなんて失礼な人たちです。もう面倒なので殺しましょう」
ノインはインベントリから自分の背丈ほどもある戦斧を取り出すと、「よいしょ」と声に出して肩に担いだ。
もちろん戦斧はノインにとって重くはない。それらしい雰囲気を出すため、何となく声を出しているだけだ。
ノインは地面を蹴って高く飛び上がり、空中で指先だけを使いクルリと戦斧を回転させた。
「これで終わりです!〈
回転の勢いも合わせて戦斧を地面に叩きつけた。
ドゴン!という低い音が周囲に響くも、激しい雨音が直ぐに音をかき消した。
使用したのは半径三メートル内の物質を破砕するスキル。衝撃は不可視の壁で遮られるため範囲外に漏れることがない。これなら周囲の建物を壊すことく敵を始末することができる。
ノインは全ての工作員を範囲内に捉えて満足げに頷いた。
衝撃は地面を抉り、まるでミキサーのように男たちの体をバラバラに引きちぎる。それらは全て一瞬の出来事だ。
後に残ったのは細切れになった肉片と、半円に抉れた地面のみ。
見た目からは人間と分からない肉片を確認し、ノインは戦斧をインベントリに収納した。
屋根に飛び乗り目を凝らして周囲を見渡すが、既に火の手は何処にもない。街のいたるところで上がっていた炎は、大粒の雨により全て消し止められていた。
ノインは濡れた髪を手で後ろに流し、上空の雨雲をしばらく見つめた。
終わってみればなんてことはない簡単な任務だ。この程度の任務を成功させたところで主から受ける評価は変わらないだろう。
不完全燃焼だ。
煩わしいはずの冷たい雨が、今だけは何故か心地よく感じられた。ノインは上空の雨雲を見つめて寂しげに呟く。
「もう少しこのままでもいいか――」
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