王国㉞
翌日は狙い通りアレンの軍に王国の攻撃が向けられた。
もちろん直ぐに逃げ出し事なきを得る。王国も街の守りが薄くなるのを危惧したのだろう。追撃の手は直ぐに止んでいた。
ヴァジムも兵の損失は予想以上に堪えたらしく、街から距離を取り最後まで動くことはなかった。
何事もなく陽は落ち、その夜、ついに後続の軍が合流を果たす。
一際大きな天幕には将軍たちが歩まり、顔を突き合わせていた。
最初に口を開いたのは軍の総指揮を任された男、クリストフ・サビカスである。四十代半ばの彼は睨むようにヴァジムを見つめた。
その理由は言わずとも明白である。ヴァジム自身が一番よく分かっていることだ。
「まさか全軍が合流する前に一万もの兵を失うとはな。全ての兵は皇帝陛下よりお預かりしているものだ。我らの私物ではない。それを分かっているのだろうな、ヴァジム将軍」
ヴァジムは拳を握り締め睨み返す。
応戦したのはそれなりに理由があってのことだ。負けるために戦ったのではない。
「分かっているとも。だがシャインが単騎で乗り込んできたのだぞ? その首を跳ねる絶好の機会でもあったのだ。お前にも分かるだろ?」
「帝国の精鋭ならまだしも、そこらの兵士がシャインを打ち取れると思うのか? それにシャインは軍を動かすことにも長けている。あれの指揮する軍とは正攻法で戦わない。そう事前に決めていたはずだ。そんなことも忘れたのか!」
「覚えている。だがお前たちはシャインを過大評価しすぎだ。あの女も所詮は人間、神の子ではないのだ。周囲を取り囲めば打つこともできる。現にあの時、邪魔さえなければシャインを打つことができたのだ! あの獣人が後から乗り込んでこなければ――」
ヴァジムはその時の光景を思い浮かべ唇を強くかんだ。
兵に指示を与え、シャインを包囲するまでは上手くいっていた。しかし、その後に現れた獣人により包囲網は壊滅。
陣形を整える間もなくシャインの軍と戦うことになり、一万もの被害を被った。
もし獣人の邪魔がなければシャインを打ち取り、士気の下がった王国軍に勝利することもできたはずなのだ。
だが全ては言い訳にしかならない。
悔しそうに顔を伏せ戦慄くヴァジムに、他の将軍から慰めの言葉はなかった。
「ヴァジム将軍、どんな理由があるにせよ、結果が全てだ。ヴァジム将軍の軍には後詰めの部隊として後方で控えてもらう」
結果が全て、その通りだ。
後詰めの部隊ということは事実上お払い箱を意味する。二十五万の兵がいれば、街を落としてもお釣りが来るだろう。
出番が回ってくることなど考えにくい。それでもヴァジムは頷くより他なかった。
「分かった」と、一言告げて肩を落とす。
クリストフはその言葉に頷き返し、直ぐに視線をアレンに移した。
「それとアレン、お前の軍も敵の奇襲で被害を受けていると聞いたぞ。どれくらいだ」
アレンは頭を掻いて言いにくそうに伏せ目勝ちになる。それだけの被害がでたのかとクリストフは表情を曇らせた。
「死者は千人ほどです。負傷者も合わせると二千になります」
「なんだその程度か――」
予想より遥かに少ない数を聞いて、クリストフや他の将軍が胸を撫で下ろす中、アレンだけは違っていた。
千という数は少なくない。大きな村が作れてしまう数だ。それだけの兵を失っているにも関わらず、クリストフの口から漏れた言葉はその程度である。こうも感覚が違うのかと顔をしかめた。
だが、そんなアレンの様子に誰も気付くことなく話は進む。
「では明日以降の行動ついて説明する。まず最初に、我が軍は全軍で交易都市メチルを落とす。当初は軍を分け他の街を落とすことも考えたが、獣人の動きが気になる。獣人の王が街にいる以上、獣人の援軍があって然るべきだ。ヴァジム将軍には後詰めの部隊として後方で控えてもらうと言ったが、実際のところは獣人への備えでもある」
俯いていたヴァジムは顔を上げ、ここぞとばかりに声を張り上げた。
「任せろ! 今度こそ不覚をとるような真似はせん!」
「もちろんヴァジム将軍の働きには期待している。だが獣人の軍勢が現れたら直ぐに報告をしてくれ。例え数が少なくてもだ。無理に戦いを――」
「言わずとも分かっている!」
信頼されていないと感じたのだろう。
ヴァジムは声を荒らげ、憮然とした表情を隠そうともしない。これにはクリストフも困ったものだと肩をすくめた。
「さて、これまでに何か質問はあるか?」
クリストフが一同を見渡すと、三十代と思しき男が手を挙げた。
如何にも兵士と言った感じの髪の短い男だ。鋭い目つきをしているが睨んでいるわけではない。普段から間違われやすいが、生まれた時からこういう目つきなのだ。
ブランドン・ジーリ、彼は兵を指揮するという意味では他の将軍より一段劣る。だがそれを補うだけの剣の腕を持っていた。
自ら先陣を切り兵を鼓舞する。その勢いと兵の士気の高さは馬鹿にできない。
そんなブランドンでもシャインに敵わないというのだから、如何にシャイン・フォン・アスタリーテという人物が規格外なのか分かるだろう。
クリストフはブランドンを顎で指し発言を促した。
「あと半月で食料が尽きると報告を受けている。食料が心もとないがどうするつもりだ? 予定では他の街から食料を回収するはずではなかったのか?」
「獣人との挟撃を考えると兵を分けるわけには行かない。テオ将軍、あなたの部隊が村の調査に向かっていたな。やはり駄目だったのか?」
名前を呼ばれた五十代の男は、鼻の下に伸びる長いヒゲを指で整えていた。その手を止めて首を横に振る。
「まだ全ての村を調べたわけではない。だが今まで調査した村には何も残されていないそうだ。耕作地は手付かずで残されているが、収穫は早くても二ヶ月先になるだろう」
やはりかとクリストフは押し黙る。
想定はしていたが食料が手に入らないというのは不安だ。今ある食料は半月分。だがそれは帝国に戻るまで、帰りの食料も含まれている。
もし万が一にもメチルを落とせず、食料を確保できないとしたら――
それを踏まえるなら、この場に留まれるのは十日が限界だ。
「食料が村から手に入らない以上、我々がこの場に居られるのは十日間だけだ。それまでに交易都市メチルを落とす。もともと短期決戦を仕掛けるため三十万もの軍勢を集めたのだ。我々のやることは変わらない。明日は王国軍の出方を見て、明後日の夜には作戦を決行する」
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