王国㉝
アレンは街から離れた野営地で凶報を受けていた。
王国軍に攻め込まれたヴァジムの軍の被害は一万、それは余りに大きな損失であった。もちろん王国も無傷というわけではない。それでも兵の損失は圧倒的に帝国の方が大きいだろう。
だが王国の動きはアレンの予想の範疇でもある。
帝国の全軍が集結する前に少しでも数を減らす。王国からすれば至極当たり前のことだ。
唯一予想外なのは被害の甚大さである。
例えヴァジムに油断があったとしても、一戦交えただけで一万の被害は異常としかいいようがない。
ヴァジムは色々と問題もあるが老練な将軍である。いざ戦いになれば状況を見極め適切な判断を下すこともできる。
なぜそこまでの被害を許したのか、だがそれは報告の中で直ぐに解決した。
「――どうやら打って出たのはシャインの軍勢のようです。自ら先陣を切ってヴァジム将軍の軍に飛び込んできたと」
よりによって相手は王国最強と呼ばれる剣士。
アレンは机に突っ伏し、もう聞きたくないと耳を手で塞いだ。だが報告をしていたカシムは気にも止めず、大声で報告を続ける。
「ヴァジム将軍の軍勢は陣形を乱され、そこを王国軍に襲われ大打撃を受けたようです。それと一つ気になる報告が入っています。王国の軍勢の中に獣人が一人いたようです。恐らくベルカナンの密偵から報告のあった、獣人の王ヴァンという奴でしょう。我々は明日どう動きます? どうせ聞いてるんでしょう?」
アレンは突っ伏したままブツブツ独り言を始め、止んだかと思うと恨めしそうにカシムを見上げた。
「まったくもう……。シャインが出てくるなら逃げればいいのに。何で戦うんだ、あの人は――」
「私にそう言われましても――恐らく獣人がいたから戦いたくなったんでしょうね。ヴァジム将軍は数年前の戦いで、獣人の軍勢に惨敗して煮え湯を飲まされていますから――」
「それでも正面からシャインと戦ったら駄目だろ……。一般の兵士じゃ束になっても敵わないのに――」
「じゃあシャインはほっとくんですか? それはそれで不味いと思うのですが」
「彼女は暗殺対象の一人なんだよ。もし失敗しても、後続の特殊部隊が彼女の相手をすることになっている」
「そのことをヴァジム将軍は――」
「知ってるに決まってるだろ?」
アレンの恨めしそうな視線が痛いほどカシムに突き刺さる。
あの老害をなんとかしろと言わんばかりだ。
「ま、まぁ、ヴァジム将軍は頭に血が上りやすいですから、獣人を見て作戦なんて頭から吹き飛んだんでしょうね。でも、さすがにヴァジム将軍も今回の件で堪えたんじゃないですか? 明日からはまともに指揮を取ると思いますよ?」
「そうあって欲しいよ……。取り敢えず近くの木を切り倒して、急いで簡単な破城槌を作ってくれ」
「もしかして攻め込むんですか?」
「まさか、攻め込むはずがないだろ? 街の南と西に置いて、これみよがしに王国軍に見せつけるんだよ。少なからず王国も南と西を警戒するはずだ。それだけ兵士も集まってくれる」
「なるほど、敵の意識をこちらに向けるんですか。それだけヴァジム将軍は信用できないと――」
「これ以上の被害は許されないからね。もちろん、敵が打って出たら逃げてくれよ。こっちは全軍が揃うまでの時間を稼げればいいんだから」
「分かってますよ。じゃあ指示を出してきます」
アレンはひらひらと手を振りカシムを見送ると、直ぐにテーブルに頭から突っ伏した。
そしてなぜ自分だけがこんなにも苦労をしているんだと溜息を漏らす。
草原の入口で後続の軍を待っていたら損害は出なかったはずだ。王国の動きをここまで警戒することもなかったろう。
そう思うと自分の置かれた状況を嘆かずにはいられなかった。
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