王国㉚

「陛下、そろそろ本題に入りませんと。時間は待ってはくれませんので――」

「そうだな。ヴァンとは初対面の者もいる。先ずは簡単に紹介しよう。私の右に座るのが第一軍の隊長、アンゼルムだ」


 名前を呼ばれた初老の男は軽く頭を下げた。

 隊長という割には、お世辞にも強そうには見えない。

 白い顎鬚を綺麗に切りそろえた顔は、兵士というよりも商人と言われた方がしっくりとくる。体つきも歳相応で、剣を持つ姿すら想像ができなかった。

 ヴァンが思わず、「これが隊長なのか?」と漏らした言葉に、直ぐにヨーゼフが反応する。


「アンゼルムは剣の腕で隊長になったわけではないからな。兵を操る術に長けているから軍隊長に抜擢されている。力の強い者が常に上に立つとは限らない」


 ヴァンが納得したように頷くと、続いて隣りの男に視線を向けた。それに合わせてヨーゼフも紹介を続ける。


「その右隣りに座るのが第二軍の隊長、レスターだ」


 紹介を受けた中年の男は、見るからに厳つい顔つきをしていた。

 頬には切り傷があり、身に着けている鎧も傷だらけ、腕は太く、実践で鍛え上げられた筋肉がヴァンの目を引く。

 外見で判断する限り、自ら先陣を切って戦いを挑むタイプなのだろう。

 レスターの頷くような挨拶が終わると、ヨーゼフは視線をヴァンに戻した。


「アルバンとは会談の場でも会っていると思うが、アルバンはそこにいるシャインの祖父でもある。今回は食料の分配など、兵站の全てを管理してもらうため同行してもらった。何か必要なものがあればアルバンに頼むとよいだろう」

「分かった。欲しいものがある時は遠慮なく言わせてもらう」

「うむ、では今後のことを話し合わなくてはな――」


 話を切り出そうとするヨーゼフであるが、シャインはある違和感を覚えていた。それは集まった人数の少なさだ。

 席に着いているのはヨーゼフ、アルバン、シャイン、ヴァンの四人と、紹介をされた軍隊長の二人。全て合わせても六人しかいない。

 メチルの街は王国の西の要所、周辺には広大な耕作地を有していることもあり、商人の取引も活発で面積だけなら王都よりも広い。

 そのため東西南北の各門を死守するためには、少なくとも軍を大きく四つに分ける必要がある。つまり指揮官は最低四人は必要だ。

 しかし、国王であるヨーゼフと、商人から成り上がったアルバンに軍の指揮はできない。

 ヴァンもそうだ。

 獣人の言うことを兵士が聞くとは思えない。

 軍隊長はシャインを含めても三人だけ、一人不足しているのに対し、シャインが疑問を投げかけた。


「陛下、指揮官が一人足りない様に思うのですが――。東西南北の四つに軍を分けるのではないのですか?」

「もちろん四つに分けるとも。軍はアンゼルム、レスター、シャイン、そしてシリウス卿に指揮してもらう。他の街や王都の警備も考えると、全ての軍隊長をこの街に集めることはできんからな」


 シリウスと聞いたシャインは見るからに表情が暗い。

 貴族が兵士を指揮することはあるが、それは幼い頃から戦いの基礎を学んでいる

軍門家系の貴族でればこそだ。

 一般の貴族でも剣術程度は学ぶが、軍を指揮するとなると話は違ってくる。

 全体の局面を見て、最も適切な判断を瞬時に下す。それが出来なければ大勢の兵士が無駄に命を失うことになる。

 素人の指揮で死ぬほど哀れなもはない。


「シリウス卿ですか……。戦い方を学んでいたとは聞いておりませんが――大丈夫でしょうか? 同じ任せるにしても、テオドール卿に任せた方が良いと私は思うのですが――」

「これはシリウス卿たっての願いだ。自分の領地は自分の手で守りたいと言っていたからな。だからこそ危険を冒してまで自ら兵を引き連れ、帝国軍を足止めに向かったのだろう。それにテオドール卿には、教国に備えて西の守りに着いてもらっている。他に動かせる軍隊長がいない以上、シリウス卿に任せる他ない」


 人材が不足しているのは分かる。

 それでもシャインは納得できずにいた。素人に任せるくらいなら、各軍にいる何れかの副隊長に指揮を任せるべきだからだ。

 難しい顔を見せるシャインに理解を求めるように、第一軍の隊長アンゼルムが温和な口調で話しかけた。


「一年ほど前でしょうか? シリウス卿は私兵を率いて、何度も盗賊の討伐を行ったと聞き及んでいますよ。その時の手腕は見事なものだと伺っています。今回の帝国の足止めも成功していますし、もう少し信用なされては如何ですか? それにいざとなったら、各軍の副隊長でシリウス卿を補佐すればよいではありませんか」

「――そう、ですね。何も一人で戦うわけではないのですよね」


 シャインは顔を伏せて反省する。

 それは命を懸けて足止めに向かっているシリウスのことを、貶めるような発言をしたことに対してだ。

 誰もが全てを完璧にこなせるわけではない。不足している部分は互いに補うことで支えあえるはずである。


「そうですよ。さぁ陛下、話をお進めください」


 ヨーゼフは一度頷きアンゼルムに感謝の意を表す。


「うむ。先ずはこの街に集まった兵士だが、その数は十三万と帝国の半数にも及ばない。しかも、その内の八万弱は、剣すら持ったことのない国民たちだ。足止めに出ているシリウス卿の私兵を合わせても十五万。正面からぶつかっては勝ち目はないだろう」


 ヨーゼフの言葉をアルバンが補足する。


「この十五万と言うのは、街に備蓄している食料で二ヶ月籠城できる兵士の数だ。つまり、二ヶ月以内に帝国を退ける必要がある」

「アルバンの言う通りだ。状況は思ったよりも厳しい。だが帝国の食料はもっと早く尽きるはずだ。三十万という軍勢を考えれば、一ヶ月も持たないと私は見ている。既に王国内の村からは住民を避難させ、食料も全て持ち出している。街を落とされない限り、食料の補充は難しいはずだ」


 ヨーゼフの考えは間違っていない。

 だが問題は幾つかある。それをアンゼルムが的確に指摘していく。


「ですが問題はあります。それは手薄な街を攻められ食料を補充されることです。私ならこの街を包囲する一方、他の街に攻め込むでしょう。食料を補充しながら王都に迫るのも悪くありません。更に問題なのが、二ヶ月後には帝国が大量の食料を手に入れてしまうことです」

「収穫の時期か――」


 ヨーゼフの呟きにアンゼルムは大きく頷いた。


「その通りです。二ヶ月後には耕作地の穀物が実ります。本当は村人を避難させる時、耕作地に火をつけてしまえば良かったのですが――」

「それは出来ない。例え戦いに勝っても食べる物がなくては、国中で餓死者が出てしまう。それだけは避けねばならん」


 アンゼルムもそれは分かっている。

 だが帝国軍を追い払うことができたとしても、去り際に恐らく耕作地は燃やされるだろう。少なくとも自分ならそうするからだ。

 大量の餓死者が出れば王国の力を削ぐことができる。

 それは帝国にとって願ってもないことだ。例え帝国が敗走するにしても、必ず何かしらの置き土産があると踏んでいた。

 アンゼルムは打開策を見出すべく頭を捻る。

 しかし、思い浮かぶのは王国の暗い未来でしかない。

 不毛とも思われる会議は、様々な状況を想定して深夜まで行われた。そして、翌日にはシリウスも街に戻り、帝国との戦いの火蓋が切って落とされる。








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