王国㉙

 各地から集められた兵士が続々とメチルの街に集結しつつある。

 そしてついに、国王ヨーゼフが街に入ったとの一報が、シャインの下へも伝わってきた。間を置かずして軍事会議を行うとの知らせが入り、シャインとヴァンの二人は国王が滞在するシリウス邸へ赴いていた。

 屋敷の一室に通され二人が席に着くと、開口一番ヨーゼフが驚きの声を上げる。


「なぜヴァン殿がこちらに?」


 ヨーゼフの反応は正しい。

 和平を結んだとは言え、他国の王が戦火に巻き込まれる街にいるのは有り得ないことだ。

 その場にいる誰もが困惑の眼差しをヴァンへ向けていた。

 だが当の本人はと言えば、そんな訝しげな視線などお構いなしである。さも当然のように口を開く。


「なに大したことじゃない。帝国が攻めてくるって聞いてな。ちょっと加勢しに来たんだ。和平を結んでいる友好国が危険に晒されているのに、黙って見ているわけにはいかないだろ?」

「いや、しかし、事前に何の連絡もなしに――」


 戸惑うヨーゼフを横目に、アルバンは何を馬鹿なとヴァンの方を向く。

 会談の場でもそうだが、この男は飄々としていて、何を考えているのか分かったものではない。

 加勢に来たというからには、それなりの軍勢を引き連れて来たということだ。

 もし仮に獣人の軍が裏切りでもしたら、街は内から瓦解し、王国には万に一つの勝ち目もなくなってしまう。

 そもそも、なぜ獣人が加勢することを街の兵士は知らせに来なかったのか。

 直ぐに知らせの兵を走らせることも出来たはずである。

 この街の兵士は無能なのか?

 そんなやるせない思いがアルバンの語気を強めた。


「ヴァン殿、申し訳ないが獣人の軍勢を街で受け入れるわけにはいかない。街の者たちの中には、未だ獣人を快く思っていない者もいる。街が混乱し、戦いに悪い影響を及ぼす恐れもある。それに貴殿の身の安全も心配だ。速やかに獣人の軍勢を引き連れ自国へお戻り願いたい」

「いや、軍勢も何も俺は一人でこの街に来ている。俺一人なら街の混乱も少ないだろ? もちろん、俺が戦いで死んでも王国に責任は問わない。ガルムとオルサも了承済みだ」

「……お一人ですと?」


 アルバンはヨーゼフに視線を移し、どうするべきか瞳で訴えかける。 

 友好国の王が一人で加勢にくるなど前代未聞だ。戦いに巻き込まれでもしたら命の保証はどこにもない。それでなくとも、帝国は獣人に強い敵意を持っている。帝国の兵士に見つかりでもしたら、真っ先に襲われるのは目に見えていた。

 ヨーゼフは難しい顔をしながら考え込む。

 ヴァンが何故そうまでしてこの街に来たのかを――


「ヴァン殿は戦いを見定めに来たのですかな?」

「見定めるというよりは戦うためだ」


 ヨーゼフの問いにヴァンは即答する。

 その迷いのない答えに、ヨーゼフはますます分からなくなっていった。

 他国の王が部下も連れず、一人で戦う理由がどこにある?

 そこに何の利があるというのか――

 ヨーゼフが口を噤んで押し黙る中、シャインがヴァンの言葉を後押しする。


「陛下、ヴァンの強さは間違いなく本物です。恐らく個の力では最強の部類に入るでしょう――。少なくとも私より遥かに強いことを保証します」


 その言葉に王国の面々は聞き間違いではとキョトンとした。

 しかしシャインの顔は冗談を言っているようには見えない。そもそも、国王の前で冗談を言うはずがない。

 ヨーゼフは反射的に口を開いていた。


「シャインの言っていることは本当なのですかな? ヴァン殿」

「ん? まぁシャインよりは強いと思うぞ? 何度か手合わせをしたが、負けたことは一度もないからな」

「――そうですか」


 王国最強と呼ばれるシャインよりも強い。

 それは少なからずヨーゼフたちに動揺を与えた。だが同時に、ヴァンが一人で戦いに来た理由を何となく察することもできた。

 ヴァンは戦うことで自分の力を誇示したいのだと――

 悪く言えば戦闘狂である。


「分かりました。そういう事でしたらお力をお借りします。ですが、くれぐれもご無理はなさらぬように。もし万が一があっては、ガルム殿やオルサ殿に合わせる顔がなくなってしまう」

「分かってるよ。俺はシャインと行動を共にするが構わんだろ?」

「それはヴァン殿にお任せします」

「そうか、じゃあシャイン。そんなわけだ、改めてよろしくな」


 ヴァンは牙を見せて握りこぶしをシャインに突き出す。シャインも同じようにこぶしを合わせて笑みを浮かべた。


「ええ、よろしく頼みますよ。ヴァン」


 その二人をやり取りを見て、アルバンがなってないと言わんばかりに首を左右に振った。

 仮にもヴァンは友好国の王の一人だ。先ほどもそうだが、ヴァンと呼び捨てにするのは大いに問題がある。一度目は聞き間違いかと注意はしなかったが、二度目ともなるとそうもいかない。

 アルバンは強い口調でシャインを嗜める。


「シャイン! ヴァン殿を呼び捨てにするとは何事だ。仮にもお前は王国の軍団長の一人。敬意を持って接するのが――」


 長々と続くかと思われた説教には直ぐに横槍が入った。


「ああ、いいんだ。俺が呼び捨てにしろと言ったんだ。お前らも俺のことは呼び捨てにしてくれ。もちろん、俺もお前らを呼び捨てにするがな」

「そういうわけには……」


 複雑な表情を見せるアルバンとは対照的に、ヨーゼフは顔を綻ばせた。

 それはヴァンという獣人の人となりが分かってきたからだ。ヴァンに悪意がないことは、こぶしを突き合わせた時のシャインの笑顔を見れば分かる。

 例え狂人の類であったとしても、少なくとも王国を害する存在ではないのだろう。


「うむ、では私もヴァンと呼ばせてもらおう。もちろん、私のこともヨーゼフと呼んでくれて構わない」

「じゃあよろしくな。ヨーゼフ」


 気軽に呼び合う二人の王に周囲反応はまちまちだ。

 顔を顰める者、笑みを見せる者、頭を抱える者。だが二人が納得しているなら横から口を挟むことではない。

 アルバンは溜息を漏らすと、時計をちらりと見て話を本題へ促した。 









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