王国㉗

 王国が各地で徴兵を急ぐ中、ベルカナンから軍を引き連れ、いち早くシャインがメチルの街に入ろうとしていた。

 その数は当初の予定通り一万五千。

 街の南門には兵士の長い行列ができつつある。だが、その中にいる想定外の人物を見て、門番の男は身を凍らせていた。

 そこにいた男は白と灰色の毛を靡かせ、鋭い牙を覗かせながら、眠そうに大きな口を開けていたからだ。

 こんな人物が来るとは聞かされていない。


「――な、なぜ獣人が?」


 尋ねられたシャインは気にするなと言わんばかりだ。


「彼は獣人の王の一人、ヴァン様です。我々に力を貸してくださるそうです。くれぐれも言葉遣いや態度には気をつけてください。では我々は街に入ります。兵士たちも長い行軍で疲れていますので」

「い、いや、しかし――」


 シャインは門番の言葉を煩わしそうに無視すると、馬に跨り街の中へと消えていった。続いてヴァンも当然のように街の中へ足を踏み入れる。

 続々と兵士が街に入り、慌てた門番は、咄嗟に長い兵士の列に目を向けた。大勢の獣人が街に入れば、混乱を招くことは目に見えているからだ。

 しかし、どんなに目を凝らしても獣人らしい姿は見当たらない。


「――えっ、力を貸すって一人だけ?」


 呆気にとられた門番は、思わずそんなことを口ずさんでいた。

 肩ごしに口をぽかんと開ける門番を見て、ヴァンは後頭部をわしゃわしゃと指で掻く。


「おいシャイン、門番が何か言ってたがいいのか? もしかして俺を街に入れたのは不味かったんじゃないのか?」

「気にする必要はありません。それにヴァンの力は私が身を持って知っています。例え貴方一人でも、力を貸してもらえるのはありがたいことです」


 和平交渉の後、シャインはヴァンに頼み何度か手合わせをしたことがある。

 勿論、誰にも見つからない場所で非公開でだ。

 仮にもシャインは王国最強と呼ばれる剣士。軍の士気に関わるため、負けるところは誰にも見せられない。

 その中でシャインは改めてヴァンの実力を認めていた。手を貸してやると言われた時、二つ返事で頷いたのは記憶に新しい。


「ならいいんだけどな。それと一つ聞きたいんだが、何で態々遠回りをして街の南から入ったんだ? 北から入ればいいものを」

「街の北は商店が並び人通りが多いんですよ。それに引き替え南は倉庫街で人通りは少ないの。何よりこの倉庫街は、これから兵士たちが寝泊りする場所になりますからね」

「ああ、それでか……。まぁ何にしても、無事にたどり着いて何よりだ」

「そうですね。さて、この辺で寝泊りの準備をしますか――」


 シャインは馬から降りると倉庫の前に天幕を張るよう指示を出す。

 本当なら倉庫で寝泊りをしたところではあるが、これから食料が運び込まれるためそれは許されない。

 荷馬車からは天幕が下ろされ、閑散としていた倉庫街は一気に活気づいた。

 だが、そこに浮かれた顔の兵士はひとりもいない。これから戦うのは、大陸でも屈指の軍事力を誇る帝国である。

 しかも、帝国が三十万もの大軍を率いているのは既に兵士の知るところだ。明日には死ぬかも知れないと思うと、兵士たちの表情は自ずと曇っていった。

 ヴァンはそんな彼らを尻目に歩き出す。

 立ち去ろうとするヴァンを視界の端に捉え、シャインは思わず呼び止めた。


「ヴァン、どこに行くつもり? 勝手に行動されては困るのだけど」

「なに、ちょっとそこら辺を歩くだけだ。気にするな」


 気にするなと言われて気にしないわけがない。

 繁華街を自由に歩かれでもしたら騒ぎになるのは明白だ。


「ヴァン、ちょっと待って――」


 シャインの静止も聞かず、ヴァンは兵士の間を縫うように姿を消した。

 片手を上げ「じゃあ、また夜にな」と、言い残して。










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