王国㉕

 和平交渉の締結から半年が過ぎた。

 関所の建設は予定を大幅に上回り既に八割は完成している。レッドリストから大量の石材が提供されたのが功を奏していた。

 それに伴い谷の中腹にも新たな街を作るべく多くの人と物資が集まりつつある。簡素ではあるが既に幾つかの建物も完成していた。

 さらに建物を建てるべく多くの木材が建設予定地に積み上げられ、そこかしこから木材を叩く軽快な音が聞こえてくる。

 喧騒の中でレオンは腕組みをしながら満足そうに頷く。


「もう少しでこの街でも交易ができそうだな」


 行動を共にしていたケネスはそれを聞いて難しい顔をする。どんなに素晴らしい街が完成しても人が集まらなければ意味がない。ただの空の箱でしかないからだ。


「ガーデン男爵、そう簡単には行きませんよ。獣人と商売がしたい人間がいると思うんですか?」


 男爵と呼ばれたレオンはさも嫌そうな仏頂面をケネスに向けた。


「男爵はやめろ。今まで通りレオンでいい。それに王国の住民の中にも獣人を受け入れる人間はいるはずだ」

「はいよレオンさん。そうだといいですけどね。それにしても何で領地が国境の谷なんです? こんな場所、獣人が攻めてきたら一発で終わりですよ。そもそも、よく獣人が王国の領土だと認めましたね」

「谷は王国に譲り渡すと事前に和平交渉の条件に入っていたからな。獣人側もそれだけ和平を結びたかったのだろ。爵位と領地は俺への褒美だそうだ。ベルカナンでの獣人討伐が今回の和平に繋がったとな」

「へぇ、そうですか……」


 ケネスは今回のことである確信を得ていた。

 それはレオンと獣人が繋がっているということだ。

 獣人に関する一連の出来事には全てレオンが絡んでいる。否定はしているが村人の救出もそうだとケネスは見ていた。そして今回の爵位の拝命である。しかも与えられた領地は獣人との国境、そんな都合のいい話があるはずがない。

 そんなケネスの予感は実際に的を得ていた。

 だがレオンにも一つ誤算があった。

 それが爵位である。

 ヨーゼフが屋敷を訪れた際、護衛の条件として国境の領地を求めたが、爵位を持たない者に領地は与えられないと、半ば強制的に爵位を押し付けられたことだ。

 ヨーゼフからすれば危険な国境を守ってもらえる上、サラマンダーを有するレオンを王国に止めておくこともできる。

 王国にとってもレオンの提示した条件は願ってもないこと。話は数分後には纏まっていた。

 レオンはその時をのことを思い出し、迂闊だったと肩を落とす。

 貴族の礼儀作法を知らないこともそうだが、国王の前で誰にも頭を下げないと断言しているのが痛い。

 もし国の行事にでも呼ばれたらどう対応すべきなのか――そのことを考えると頭を抱えたくなった。


「浮かない顔してどうしたんですか? レオンさん」

「――いや、何でベルカナンで副隊長をしているお前が、私に付き従っているのかと思ってな」

「今さら何を言ってるんですか。レオンさんの護衛に決まってるでしょ? 仮にも男爵なんですから危険な場所に一人で行かせるわけがないですよ。尤も、護衛対象が俺なんかの何倍も強いんですから、どっちが守られているのか分かりませんけどね」

「危険な場所か……。まだまだ信頼されていないということか――」


 レオンはベルカナンへ足を向けると足早に歩き出す。その後ろをケネスが慌てて後を追った。


「帰るんですか?」

「私にもやることは山ほどある。いつまでもここに留まってはいられないからな」

「山ほどねぇ……」


 ケネスは訝しげな視線でレオンの背中を見つめた。

 そのやることが何かは分からないが、少なくても自分を巻き込まないでくれよと願うばかりだ。







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