王国㉓
隣りに座るアルバンは密かに拳を握り締めた。
脆い小枝のような骨と皮だけの指に力が入る。それは自国の王に頭を下げさている自分の無能を痛感してのことだ。
ヨーゼフの代わりに相手を問い詰め、自分が泥を被ることも出来たはずである。下手に出しゃばるのは愚策と静観を決め込んだ代償がこれだ。
歳を重ねるつれ安定を求め、臆病になっていたのかもしれない……。
ヨーゼフの体越しにシリウスの顰めっ面が見えた。至らない悔いる思いは同じなのだろう。
そう思うとアルバンは少し気持ちが楽になった気がした。
その後の和平交渉は何事もなく進められた。
全て事前に提示されていた条件で話が纏まり、駆け引きと呼べるものは皆無であった。
会談の最後に獅子の王ガルムが、牙を覗かせた大きな口からある提案をする。
「もし関所を築く物資が不足しているなら無償で提供する用意がある。もちろん物資を運ぶときは必要最小限の人数で運ぶことを約束する。大挙して物資を運んだのでは王国側も警戒されるだろうからな」
「お気づかい感謝する」
「それと一つよろしいだろうか?」
「なんでしょうかな?」
「王国の民は我らの国を獣人の国と揶揄していると聞く。我らの国にも名前はある。今後はレッドリストと呼んでもらいたい」
「承知した。王国の民にもそのように伝えることを約束しよう」
「ありがたい。今後は隣国同士、互いに協力し合える関係を築いていこうではないか」
ガルムは立ち上がり、大きな体を前に伸ばして手を差し伸べた。
凶器と成りうる長い爪がヨーゼフに向けられ、警戒していたシャインや冒険者の手が一瞬だけ腰に差した剣の柄に伸びた。
しかし、それも杞憂に終わる。
同じくヨーゼフも立ち上がり手を差し伸べると、二人は互いにがっしり握手を交わし、和平交渉はここに成立した。
その日の夜
貴賓館の舞踏会場ではささやかな会食が催され、和やかな談笑が行われていた。
会場の最前列ではヨーゼフとガルムが並んで食事を共にし、他の獣人も王国の人間と同じテーブルを囲んでいる。
既にヨーゼフの周りに護衛の姿はない。
それは獣人を信頼しているというメッセージでもある。
護衛の任を解かれたシャインや冒険者たちは、会場の片隅で思い思いに会食を楽しんでいた。
グラスに注がれたワインを一気に煽り、シャインは遠くから獣人たちの姿をぼんやりと眺める。
思うことはただ一つだ。
私は弱い――
獣人側の誰かひとりでも牙を剥いたら、そう思うと身の毛もよだつ。それほどの実力差をシャインは肌で感じていた。
何が王国最強だ。
のぼせ上がっていた愚かな自分に嫌気がさす。
シャインは空のグラスに視線を落として自らの未熟さを思い知る。
そんな意気消沈するシャインに軽快な声がかけられた。
「よう嬢ちゃん。飲んでるかい?」
突然の背後からの声に振り向くと、そこには一人の獣人がいた。
大きなジョッキになみなみと注がれた酒を豪快に飲み干し、牙を剥き出しにして笑みを見せている。
シャインは会談の場で告げられた名前を思い出し、少し強ばった笑みを向けた。
「これはヴァン様、楽しんでいらっしゃるようで何よりです」
「交渉も上手くいって、やっと肩の荷が下りたからな。それと俺のことはヴァンと呼んでくれ。様は不要だ。敬語も必要ない。どうも堅苦しいのは嫌いでな」
「そうですか――」
同じ王でも貫禄のある獅子の王とこうも違うのかと、シャインは僅かに顔を引きつらせた。しかもヴァンは会談の場で
尤も、シャインも堅苦しい話し方は好きではない。それだけはヴァンに感謝することにした。
「それで? ヴァンは私に何かようなの?」
「いやちょっとな。お前強いだろ? 気配や物腰が他のやつらと段違いだったからな。それで少し話をしたくてきたんだ」
相手は力において自分の遥か格上の存在だ。
そんな相手に強いと言われて嬉しいはずがない。特に自尊心の強いシャインは尚更である。
「ご冗談を――。私より遥かにお強いヴァン様が何を仰っているのですか?」
本当ならぶん殴りたいところではあるが、相手は仮にも王のひとり、シャインに出来るのはこれくらいが限界だ。
だがヴァンはシャインの嫌味に気付かないのか、豪快な笑い声を上げて楽しそうに話し出す。
「うはぁあ、やっぱり俺たちの強さに気付いてたか。そうだと思ってたんだよ。まぁ確かに今の嬢ちゃんの実力じゃ、百人束になっても俺にはかてないだろうけどな」
事実ではあるが目の前で直接言われると釈然としないものだ。
無愛想な表情のシャインを見て、ヴァンが「気にするな」と笑い声を上げる。
「それに世界は広い。上には上が居るもんだ。もしかしたら俺が百人束になっても勝てない化物がいたりしてな」
楽しげに話すヴァンの冗談は、シャインから見れば不快でしかなかった。付き合ってられないとばかりに憮然とした態度で踵を返す。
立ち去るシャインの後ろ姿を眺め、ヴァンは少し言いすぎたかと頬を掻いた。そして遠くで佇むレオンの姿を見てしみじみと呟く。
「本当に世界は広い」と――
ヴァンは溜息を漏らすと新たなジョッキを手に酒を煽る。
どこからともなく優雅な曲が流れ、会食もフィナーレを迎えようとしていた。
吟遊詩人が奏でていたのは世界の平和を願う楽曲。誰もが聞き入るように静かに耳を傾ける。
曲が鳴り止むと周囲からは惜しみない拍手が沸き起こり、程なくして会食は終わりを告げた。
長い一日の幕が閉じる。
だがこれは始まりでしかない。
王国の苦難はこれから始まろうとしていた。
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粗茶 「ここで二章を終わりにするか迷ったのですが、まだ王国がヒャッハーしてないので二章は続きます。流れ的に王国がヒャッハーするかも怪しいですけど……」
サラマンダー「二章も長くなりそうだね。あとヒャッハーってなんだろ?(´・ω・`)」
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