王国㉑

 反対する貴族の意見を押し切り、半ば強引に和平の話は進められていた。

 それに対して貴族の反応は様々だが今さら後に引くことはできない。既に獣人の使者を一ヶ月もベルカナンに滞在させている。そろそろ答えを出さなくては、まとまる話もまとまらなくなるからだ。

 一度方針が決まるとそこからは早かった。

 ベルカナンへ伝令を送り使者に和平の受け入れを打診すると、直ぐに会談場所の準備や警備体制の話がなされた。 

 それらと並行して近隣諸国への配慮も忘れない。

 特に同盟国である帝国の同意は取り付ける必要がある。応じることがないと分かっていても体裁を整える必要があった。


 それから数日後、ヨーゼフは会談場所となるベルカナンの貴賓館にいた。

 王国の有力な貴族の中で同行してきたのは、シリウス公爵とアルバン伯爵の二人だけ、他の貴族たちは何かと理由をつけて同席を辞退している。

 それが彼らの答えなのだろう――


「結局はこの三人だけか――」


 ヨーゼフは少し悲しそうに呟いた。

 説得できなかったのは全て自分の力不足でしかない。それでも信頼する国の重臣が同行してくれないのは寂しいものだ。

 だがヨーゼフは直ぐに首を横に振る。

 警備は万全とは言え会談の場が安全とは限らない。獣人の罠も考えられる以上、国の有力貴族を一同に集めるのは危険な行為だ。

 そう考えればこれでよかったとも思う。


「いや、三人もいれば十分だな。何が起こるか分からない以上、国の重臣を一同に集めるのは愚かなことだ」

「その通りですな。ですが死ぬのは私のような老いぼれ一人で十分。いざとなったら陛下とシリウス卿には逃げ延びてもらわないと」

「――何を馬鹿ことを。陛下もアルバン卿も悪く考えすぎです。谷の入口で入ってきた獣人の数は把握していますし、町に入れるときも獣人の数は入念に確認しています。他に潜んでいる獣人はいませんのでご安心ください。それにこちらにはSランクの冒険者や、シャイン殿が護衛として付くのです。万が一もございませんよ」


 呆れたように話すシリウスの仕草を見てヨーゼフは苦笑いを浮かべた。

 シリウスの話を聞く限り安全なのかもしれない。それでもヨーゼフは楽観視できずにいた。

 獣人は数百年と敵対関係にあった相手だ。対話をするだけでも奇跡に近い。最悪の事態を想定して然るべきである。

 ヨーゼフは気持ちを落ち着けるため瞳を閉じ、深く呼吸をしてその時を待つ。そして、静寂を打ち破るように扉を叩く音が部屋に鳴り響いた。


「陛下、そろそろお時間です。獣人の方々は既に会談の席に着いておられます」


 使用人の言葉を聞いたアルバンは真っ先に立ち上がり、部屋の時計に目を向けて二人を促す。


「さて、時間ですな。獣人は気性が荒いでしょうから我々も早く行かないと――」


 その言葉でヨーゼフは重い腰を上げて廊下に出た。

 そこでは三人を護衛するため、複数の冒険者とシャインが周囲の警戒に当たっていた。窓の外にも気を払い、獣人が潜んでいないか隈無く目を凝らしている。冒険者が主体なのは、周囲の気配や物音から潜んだ敵を見つけるためだ。

 細心の注意を払いながらシャインが先導すると一同は歩き出す。

 ヨーゼフは高鳴る鼓動を抑えながら、威厳ある態度で歩みを進めた。この会談に王国の命運がかかっているかと思うと足取りが重い。

 数多くの重責を担ってきたヨーゼフであっても、緊張から背中を汗が伝うのを感じていた。

 交渉決裂は王国の滅亡と同義である。獣人、帝国、教国、全てを敵に回して王国が存続できる道はない。

 一歩、また一歩、会談の場が近づいてくる。そしてついに会談の場へと続く扉が厳かに開かれた。 

 既に獣人たちは席に着いてこちらの動向を覗っている。

 そんな獣人たちの視線を受けながら、ヨーゼフは緊張した面持ちで椅子に腰を落とした。両隣りにはシリウスとアルバンが座り、その後方では冒険者やシャインが獣人の一挙手一投足に目を光らせている。

 張り詰めた空気の中、いよいよ獣人との和平交渉が始まろうとしていた。








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