王国⑱
メリーたち獣人の学習能力には目覚しいものがあった。
僅かな期間にも関わらず、自分たちの役割を的確に身に付け、ニ週間後には一人で仕事を完璧にこなせるようにまでなっていた。
相手に気を配りながら、洗練された動きでお茶を入れるイベリコを見てレオンはほっと安堵する。
と同時に、お茶を入れている相手を目の当たりにして、逃げ出したいとも思っていた。
そこにいたのは煌びやかな王冠を頭に乗せた老齢の紳士。厚手のマントを羽織り手には宝珠が嵌め込まれた
精悍な顔立ちと威厳ある風貌は紛れもない一国の王だ。
使者が来るとは聞かされていたが、まさか王が自ら訪れるとは誰が予想できようか――
レオンは恨めしそうな視線で国王に同行するシリウス侯爵――アンナ――をひと睨みする。
(アンナ!国王が来るなら事前に教えろよ。俺にどうしろってんだ!)
だがシリウスは、やってやりましたと言わんばかりにレオンの顔を見据えて小さく首を縦に振る。
自分の意思が全く伝わらないことに溜息を漏らすと、それを見た一人の老人が鋭い視線をレオンに向けた。
「レオン殿、如何に貴殿がSランクの冒険者といえども、ヨーゼフ陛下の御前で溜息は如何なものですかな? 冒険者は自由奔放な性格の者が多いようですが、度が過ぎると痛い目に会いますぞ」
その言葉を聞いて、レオンの後方に控えていたアハトとノインの心中は穏やかではない。
アハトとノインの手が僅かに動く気配を感じ、レオンは直ぐに手を横に振って二人の動きを静止する。
「確かアルバン伯爵と言ったな? よく覚えておけ、私は相手が誰であろうと頭を下げる気も、へりくだる気もない。それに今回の件に関して、私は国王の使者が来るとは聞いていたが国王が来るとは聞いていない。つまり、私の目の前にいるのは一介の使者にすぎないということだ。尤も、例え事前に国王が来ると言われても、私のこの態度は変わらんだろうがな」
アルバンはレオンの真意を推し量るように、じっと見据えて視線を外そうとはしない。
部屋の空気が見るからに重い。張り詰めた緊張の糸が今にも切れようとしている。それでもレオンが頭を下げることは許されはしない。それはレオンの後方から発する気配が、もはや尋常ならざるものになっているからだ。
アハトとノインは執事とメイドという設定上、その忠誠心は極めて高い。主に敵意を向けるものは静止を振り切っても殺しかねない。
部屋にいるのは僅か八人だけ、レオンの後方にはアハト、ノイン。テーブルを挟んで向かい側にヨーゼフ、その両隣にシリウス、アルバン。壁際には獣人のメリーとイベリコが控えている状態だ。
国王の護衛は部屋に入ることを許されず廊下で待機している。更にシリウスはレオンの従者が操る傀儡でしかない。
ヨーゼフとアルバンを守る者は皆無。アハトとノインが同時に動けば、如何にレオンと言えども二人を同時に止めることは不可能に近い。
アハトとノインは殺気こそ出してはいないが、その視線からアルバンも敵意を感じているのは間違いなかった。
それでもアルバンはレオンを見据えて微動だにしない。そんなアルバンを見かねてヨーゼフが苦笑いを浮かべた。
「アルバン卿、そなたの負けだ」
そこで初めてアルバンはレオンから視線を逸らす。そこには先程までの気迫に溢れた姿はなく、背中を丸めた普通の老人の姿に変わり果てていた。
「ふぅ、きついのう。歳は取りたくないものだ」
額から吹き出る玉のような汗を拭いながら、アルバンは憔悴しきったように肩を落とす。
ヨーゼフにも見に覚えがあるのだろう。同意するように強く頷く、誰でも歳は取りたくないものだと――
ヨーゼフは改めてレオンを見据えて口を開いた。そこには僅かばかりではあるが笑みも浮かんで見える。
「レオン殿、貴殿を試すようなことをして申し訳ない。そなたの言う通り、ここにいるのは国王ではない。一人の老人として扱ってくれてよいのだ。私のことはヨーゼフと呼び捨てにしてくれて構わない」
そう告げると、身に着けていた王冠をテーブルの上に置き、握っていた王笏をシリウスに預けた。
「まずは一人の老人の話を聞いてくれないだろうか?」
グラスに注がれた水を一口飲み込み、ヨーゼフは静かに語り出す。自分の切なる思いと願いを――
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粗茶「読者の皆様お久しぶりです。執筆活動が滞り大変申し訳ございません。また少しづつ執筆活動を再開する予定です。それと新たな作品も書き始めることにしました。タイトルは『異世界の管理者 ~混沌の魔王は世界の行く末を憂う~』です。興味のある方は是非読んでいただけたらと思います。勿論、こちらの執筆も継続いたしますのでどうぞよろしくお願いします。」
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