王国⑰


 数日後、屋敷に戻ったレオンは小躍りせずにはいられなかった。実際にエルハバートからの報告を聞いたときは飛び跳ねて喜んだものだ。

 今日にも待ち望んだ人物を連れてくると言われ、レオンの表情は自然と綻ぶ。時折見せる薄ら笑いは知らない者が見たら、さぞ気味が悪いに違いない。

 レオンは待ち望んだ人物を思い浮かべ、地上から隔離された地下百回のベッドの上で妄想に耽っていた。


(ついに、ついに獣っ娘がやってくる。この日をどんなに待ち望んだことか――)


 ベッドに突っ伏したまま、思わずグッとガッツポーズを作る。

 獣人たちに戦いを挑んだ本来の目的は獣っ娘それだ。従者たちから白い目で見られないためにも今までは遠ざけてきたが、まさか相手からやってくるとは夢にも思っていなかったのだ。

 何故そうなったかを端的に説明するなら屋敷の人手不足が原因であった。今のままでは使者の出迎えに不十分との見解から、急遽獣人たちに白羽の矢が立ったのだ。

 だが、それはレオンにとって願ってもないこと。エルハバートの案を快く了承したのは言うまでもないことだ。


(屋敷に来るのは今日の正午、約束の時間までは少し早いが食堂で待機しておくか)


 逸る気持ちを抑えて食堂に転移すると、バハムートがテーブルの上に座り、牛乳と思しき液体を美味しそうに飲んでいた。体に不釣り合いな大きなグラスを両手で持ち、コクコクと小さな喉を鳴らしている。

 レオンの姿を見たバハムートはグラスから口を離して、ケプッと可愛らしい声を漏らした。口の上に牛乳の跡が髭のように残っているのは、幼い子供らしく微笑ましい光景だ。

 レオンはインベントリから手頃なハンカチを取り出すと、上座の指定席に座りバハムートに手招きをする。

 バハムートも慣れたもので、トコトコ歩いてレオンの前にちょこんと腰を落とすと、顔を上げて口元を拭きやすいように自から体制を整えていた。

 レオンが口元を拭いてやると「むふう」と喜ぶ仕草をするが、それがなんとも可愛らしい。


(相変わらずバハムートは可愛いなぁ……)


 思考は完全に親馬鹿である。

 レオンが微笑ましく見守る中、バハムートは不意に手に持っていたグラスを「むう」と言いながら突き出してきた。

 グラスの中にはまだ半分ほど牛乳が残っていることから、恐らくは口を拭いてくれたお礼なのかもしれない。

 幸いレオンも牛乳は嫌いではなかった。バハムートも好んで飲むため、この屋敷には毎日新鮮な牛乳が拠点の農場プラントから届けられている。

 そのためか、レオンも屋敷にいるときは牛乳を口にすることが多いのだ。


「これを私にくれるのか?」


 バハムートは遠慮するなと言わんばかりに力強く頷いてみせた。外見は可愛らしく見えるが態度の大きさは相変わらずだ。

 最近ではレオン相手にも尊大な態度を見せることがある。だが、それはノイン曰く遊んでもらいたくて態と悪態をついているらしい。

 バハムートなりに色々な事を試し、主の気を引く方法を学習しているのだと言う。

 そのためレオンはバハムートの態度について敢えて叱ったりはしない。と言うよりも叱る必要がない。度が過ぎた時には周りの従者が叱ってくれるからだ。

 強いて言うならレオンは飴で従者は鞭の役割を担っている。飴と鞭を使い分けて教育をしていると思えば分かり易いだろう。

 レオンは差し出されたグラスを手に取り口元に近づけた。牛乳特有の甘い香りが自然と喉をゴクリと鳴らせる。


(やはり牛乳だったか、でも冷えていないな)


 手に伝わる生温い感触にレオンは一瞬飲むのを躊躇う。

 個人的にレオンはよく冷えた牛乳を好む。蜂蜜を少し入れたホットミルクも嫌いではないが、こうも中途半端に生温いとどうも飲む気が失せてしまう。

 だからと言って飲まないという選択肢をレオンは持っていない。なぜなら、じっと見つめるバハムートの前で、今更グラスをテーブルに置けるほどレオンは無神経ではないからだ。


「ふむ、ではいただくとしよう」


 レオンは一度バハムートを見てからグラスに口をつけた。

 生温かい牛乳が唇に触れて口の中に流れ込んでくる。そこでレオンは「ん?」と、何時もの牛乳と違うことに気付いた。

 何時も飲んでいる牛乳も美味しいのだが、この牛乳は生温いにも拘わらず更に美味しいのだ。

 程よい甘さで飲み口もすっきりしている。飲んだ後も牛乳特有の乳臭さがまるで残らないことに、レオンは思わずバハムートと視線を合わせていた。


「こ、これは美味しいな。何時もの牛乳と違うようだがどうしたのだ?」


 思わずレオンが尋ねると、バハムートは「むうむう」と流暢に話し始める。そして一頻り話し終えると「むふん」と胸を張ってみせた。

 恐らく牛乳の説明をしたのだろうが、今更であるがレオンはバハムートの言葉を理解することができない。


(全く分からん、聞いた俺が馬鹿だった――)


 そんなレオンの気も知れず、バハムートはやりきったと言わんばかりに頷いている。その表情からバハムートなりに一生懸命説明したのだと読み取ることができた。

 そう思うと愛おしさが一層増してくる。


「うむ、説明ご苦労だったな」


 レオンはバハムートを自分の膝の上に乗せて頭を数回ポンポン撫でるように叩いた。褒められたことでバハムートもご満悦である。

 よほど嬉しいのか、レオンの体にがしっと両手で引っ付き、甘えるようにレオンの胸に顔を埋め始めた。


「仕方ない奴だな」


 言葉ではそう言ってもレオンも満更ではない。バハムートが飽きるまでこのままでもいいかと流れに身を任せていた。

 それから僅か数分後、いつしか可愛らしい寝息が聞こえてくる。視線を落とした先では、口元から涎を垂らしたバハムートが緩んだ顔で眠りについていた。


「こうして見ると普通の人間の子供と変わらないな」


 レオンが微笑ましく見守る中、扉が開く音が微かに食堂に鳴り響いた。

 普段気にならないが音が気になるのは、バハムートが目を覚ますことを懸念してのことだ。

 少し煩わしそうに視線を向けた先では、アハトとノインが食堂に足を踏み入れていた。そしてレオンの姿を見るや驚いたように声を上げる。


「レオン様?もう居らしていたのですか――」


 申し訳なさそうに語尾を小さく窄めたのは執事のアハトだ。

 その言葉からも分かるように、レオンが予定の時刻よりも早く来ているのは想定外の事なのだろう。

 尤も、それもそのはずである。本来であれば準備が出来次第、レオンを呼びに行く手筈になっていたのだから――

 勿論、そのことはレオンも了承済みだ。アハトに誤算があったとするなら、レオンが待ちきれないことを考慮していなかった点である。


「うむ、で?例の使用人は連れてきたのか?」

「はっ!少々お待ちを」


 レオンの問いにアハトは後方に目配せをした。それを受けてメイドのノインが廊下にいた獣人たちを食堂に招き入れる。

 食堂に入ってきた獣人は三人。執事服を着た女性が一人、そしてメイド服を着た女性が二人である。彼女らはノインの指示でレオンの前に整列すると、少し不安そうな面持ちでレオンの様子を覗っていた。

 初めは興味津々のレオンであったが、女性たちの姿を見て瞳を白黒させる。


(あれ?耳と尻尾がないんだが――)


 肝心の耳と尻尾がないことにレオンが困惑していると、それを察したノインが直ぐに女性たちの耳と尻尾に関して口を開いた。

 ノインの素早い対応はメイドの鏡と言って過言ではない。流石は一流のメイドと言ったところだろうか――


「レオン様、彼女たちの耳はホワイトブリムで見えないように押さえ込んでおります」

「ホワイトブリムだと?」


 ゲーム内にそんなアイテムは存在しないため、初めて聞く名称にレオンは不思議そうに首を傾げた。

 するとノインは自分の頭に着けている白い布を外してレオンの前に持ってくる。


「こちらのことでございます」


 メイドが身に着けるカチューシャを目にして、レオンは感心しながらも獣人の女性たちに視線を移した。


(メイドカチューシャのことをホワイトブリムと言うのか――)


 確かに獣人のメイド二人は頭に同じような布を着けている。装飾の施された白い布は、所謂いわゆるメイドカチューシャで間違いない。

 しかし、執事の女性は頭に何も着けていないにも関わらず耳が見えない。幻影の魔法で隠していることも考慮し、密かに看破の魔法を唱えるも結果は同じだ。


「ノイン、執事の彼女も耳が見えないがどうしたのだ?魔法で偽っているわけではなさそうだが――」

「そちらは髪と同色のヘアバンドで耳を押さております。ヘアバンドは髪で上手く隠しているため、見た目には分からないでしょう。尻尾も衣服の下に隠していますので人目に付くことはございません。また、彼女たちは手足に獣人特有の体毛が生えておりますが、そちらも衣服で覆っているため、獣人とバレることはないと思われます」


 獣人とバレることはない。その言葉でレオンはなぜ耳と尻尾を隠しているのかをようやく理解した。

 と言うよりも隠すのは当然である。王国の使者の前で、もし執事やメイドが獣人と知れたら混乱を招くのは火を見るより明らかだ。

 だが、それはレオンの望みとは大きくかけ離れている。そんな何処にでもいる執事やメイドの姿をレオンは見たいわけではない。

 だから――


「ノインの言いたいことは分かるが、そのままでは彼女たちも窮屈で仕方ないだろう。耳や尻尾を隠すのは使者が来る当日だけで良い。来客がある日以外は耳や尻尾を出しても構わん」

「お言葉ですがレオン様、普段から耳や尻尾を隠した生活に慣れていた方が、今後も色々と都合が良いと思うのですが……」


 ここで食い下がるのかとレオンは内心げんなりする。


(普段は察しがいいのに何で肝心なところで分かってくれないんだ……。それとも俺の下心を見透かして態と妨害しているのか?ノインなら有り得るかもなぁ……)


 ノインの言葉は最もであるが、耳と尻尾に関してはレオンも引く気は更々なかった。この気を逃しては、夢にまで見た獣っ娘との生活を堪能できなくなるからだ。

 ノインに白い目で見られることも覚悟しながら、レオンは意を決して厳かに言葉を放つ。


「ノインよ、私は構わんと言ったはずだぞ?二度と同じ言葉を言わせるな」


 語気を強めて放った言葉はもはや脅迫と同義である。

 主にギロリと睨まれたノインは為す術もない。ただ深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口に出より他なかった。

 それと同時に、直ぐに主の命を実行しなくてはと使命感に駆られてもいた。


「申し訳ございません。それでは直ぐにお言葉通りに致します」


 ノインは最後にもう一度頭を下げると獣人たちに歩み寄る。耳を抑えていたカチューシャを取り外すと、今度は後ろに回り込んでしゃがみ始めた。

 三人合わせて一分にも満たない時間であったが、ノインが立ち上がった時には全ての獣人の背後から尻尾の影が見えていた。


「レオン様、これでよろしいでしょうか?」


 ノインは手近にいた執事服の獣人を回転させる。その尻の付け根からは確かに真っ白な尻尾が垂れ下がっていた。

 いつの間に?と言わんばかりに、執事服の女性は驚いたように自分の尻尾に触れている。それは残り二人の獣人も同じだ。本人すら気付かぬ内に尻尾を出してしまうのだから、ノインの手際の良さは流石である。

 レオンは改めて獣人たちを見渡し大きく頷いてみせた。

 そして再び幾つかの疑問が脳裏を過る。その疑問は今まで気が付かなかったわけではない。ただ、耳や尻尾がないことに比べて驚きが少ないため、自然と後回しになっていたのだ。


「うむ、ノインは相変わらず仕事が早いな。ところでもう一つ気になる事があるのだが――みな少し若くないか?」


 視線の先にいる獣人は明らかに幼い顔をしている。執事の女性も身長こそあるが、その顔は少女のあどけなさが残っていた。

 メイドの片割れに至っては明らかに子供だ。尤も、メイド服から零れ落ちそうな巨乳だけは大人とも言える。

 尻尾を見る限り三人とも種族は異なっていた。共通して言えることは、みな若いという事だけだ。


「レオン様の疑問は最もでございます。どうやら彼女たちは十五で妊娠する義務があるようなのです。十五歳以上の女性たちは、みな妊娠していたり子供がいたりと屋敷で働くには問題がございました。必然的に十四歳以下の若い女性から選ぶより他なく――」

「なるほどな。それでみな若いというわけか……」


 レオンが表情を曇らせるのを見てノインが尽かさず口を開く。レオンが表情を曇らせた理由わけは察しがついているからだ。


「勿論、今は昔の悪しき習慣を改めるように指導を行っております。十五歳以上であっても妊娠は強制しておりません」


 レオンは「うむ」と、鷹揚に頷くと安堵した。

 日本という自由の許された国で育ったこともあるのかもしれない。レオンの感覚では、どうしても妊娠を強制するのは不快に感じて仕方ないのだ。

 胸を撫で下ろしたレオンは執事服の獣人に視線を移した。

 ふさふさの白い尻尾を見る限り、ほぼ羊族の獣人で間違いないだろう。白い毛髪はショートカットに切り揃えられ、切れ長の瞳は凛々しく見える。

 長身であることから、執事として選ばれたのも当然なのかも知れない。 

 真ん中の女性は豚族だろう。クルリと丸まった尻尾にブラウンの長髪、愛嬌のある顔立ちは優しそうな女性を連想させていた。

 メイド服も良く似合い、歳が若いことを除けばレオンとしても申し分ない。

 そしてレオンは最後の獣人に視線を向け――思わず空笑いを浮かべた。

 見るからに子供だ。垂れ下がった尻尾は牛のそれと同じであり、可愛らしく切り揃えた黒髪の中央には、ラインを描くように白い毛髪が生え揃っている。

 クリッとした大きな瞳も特徴的であるが、何よりレオンが目を引いたのは、その低い身長に不釣合いな胸の大きさであった。

 レオンはそれとなくノインの胸と見比べるが、その大きさは比べるまでもなく目の前の少女の方が大きい。ノインの胸は従者の中でも決して小さくはない、にも関わらずだ。

 聞きたいことはあるが、名前も分からないでは説明を求めるにも不便すぎた。


「ノイン、取り敢えず使用人の紹介をしてくれないか?名前を知らなければ何と呼んでいいのか分からんからな」

「畏まりました。では、先ずこちらが――」


 そう言うと、ノインは手のひらを上に向けながら執事服の女性を指し示した。すると執事服の女性は、緊張した面持ちでピンと背筋を伸ばし始める。


「今日から執事としてお屋敷で働いていただきます、十四歳、羊族のメリーさんです」

「メリーです。今日からお世話になります」


 羊の執事でメリーさん?内心突っ込みを入れながらも、レオンは「よろしく頼む」と、厳かに答える。

 それを確認したノインは、続いてブロンド髪のメイドを指して紹介を始めた。


「こちらはメイドとして働いていただきます、同じく十四歳、豚族のイベリコさんです」

「イベリコです。よろしくお願いします」


 もはや名前に悪意しか感じられない。突拍子もない名前にレオンは思わず思いの丈を心の内で叫んでいた。


(ちがぁああああああああああああう!それは名前ではなく種類だ!誰だイベリコなんて名前をつけた奴は!)


 思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、レオンは威厳を損ねないよう厳かに返答した。


「う、うむ、よろしく頼むぞ」

「では最後に――」


 これでは次の名前も思いやられる。そう感じ身構えていたレオンであったが、告げられた名前は意外にも普通であった。


「こちらは十歳、牛族のミルクちゃんです。彼女には厨房を担当していただきます」


 思うことは多々あるが名前は普通のはずだ。レオンはそう自分に言い聞かせながら笑みを見せる。


「うむ、よろしく頼む」


 最後の十歳の少女はメイドとしてはどうかと思うが、厨房の担当であれば人目に付くこともない。国王の使者がどのような人物か知れないが、姿を見られなければ詮索をされることもないはずである。


(まぁ問題はないか……。ミルクは恐らく料理が上手いから選ばれたんだろう。残りの二人も若いが、仕事は出来そうな感じがするしな)


 レオンは一人で納得すると、壁に掛けられた時計を見て周囲を見渡した。

 もう昼だというのに他の従者やメイドのメアリーが見当たらないことに違和感を覚えたからだ。


「他の者はどうした?誰もいないようだが出かけたのか?」

「フィーアは情報収集を行うため街に出ております。ヒュンフは屋敷周辺の警戒と偵察を、ツヴァイは街の周辺に異変がないかを調べております。メアリーちゃんは厨房でお昼の準備をしているはずです」


 ノインの話を聞く限りでは、屋敷を出た従者は直ぐには戻ってこないだろう。最近では皇帝暗殺など派手な動きを見せたこともあり、従者たちの警戒心も一段と増しているからだ。


「そうか、では先に私たちだけでも昼食を取るとするか」

「畏まりました。直ぐにご用意いたします」


 ノインはにこやかな笑みで一礼すると、獣人たちを引き連れ厨房の奥へと消えていった。

 残ったアハトはと言えば、先程から怖い顔でずっとバハムートのことを睨み、一瞬たりとも視線を外そうとしない。

 正確にはレオンの服に着いたバハムートの涎を凝視していた。怒っているのが手に取るように伝わって来る。


「アハト、バハムートに悪気はない。今回は許してやれ」

「――レオン様がそう仰るのであれば」

「ではバハムートを寝室に運んでくれ。くれぐれも起こすことのないようにな」

「はっ!」


 レオンの命を受けたアハトの表情は次第に穏やかになる。優しくバハムートを抱き抱えると、温かな笑みで微笑みかけていた。

 アハトもバハムートが嫌いなわけではないのだろう。アハトが時折見せる女性らしい一面からはそんな感情が伝わって来る。

 ただ、レオンとバハムートを天秤にかけた場合、その天秤がレオンに大きく傾くだけなのかもしれない。

 アハトがバハムートを抱いて立ち去るのを見計らうように、今度は入れ替わり立ち替わり次々と料理が運ばれてくる。人手が増えたこともあり、僅か数分でテーブルの上は料理で埋め尽くされていた。

 アハトが戻り席が着く頃には料理は全て並べられ、最後にレオンの下に牛乳が運ばれてくる。そして運んできたミルクの笑顔を見たとき、レオンは悟ったように天を仰いだ。

 厨房担当はそういう事なのかと――

 抑、名前がミルクなのもおかしい。メリーやイベリコもそうだ。明らかに名前を改変したとしか思えないのだ。


「ノイン、食事の前に聞きたことがある。彼女たちの名前のことだが――本当の名ではないのだろ?」

「流石はレオン様、その通りでございます。以前の名前は余りに長く呼びづらいため、私が新たに名前を付け直しました」


 レオンは平静を装い「そうか……」と頷きながらも、内心では思わず突っ込みを入れていた。


(お前のネーミングセンス!!それとイベリコは可哀想だろ!抑、名前を勝手に変えていいのか?どう考えても駄目に決まってるだろ!)


 レオンは哀れみの視線をメリーたちに送る。特にイベリコに対しては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「メリー、お前たちは名前を勝手に変えられて嫌ではないのか?」


 レオンの発言は元の名前に戻してやろうと思ってのことだ。馴染みのある名前から急に名前を変えられたら誰だって嫌に決まっている。

 しかし、レオンの問いにメリーは意外にも平然としていた。泣きつかれることも考慮していたレオンにとっては拍子抜けもいいところである。


「いえ、特に問題はございません。それより美味しい野菜を食べられる方が最も重要です」


 メリーの言葉でノインが何を材料に取引をしたのかは一目瞭然であった。他の二人に尋ねても帰ってくる言葉は変わらない。


「そ、そうか、それならよいのだ。私に気にせず食事を始めて構わんからな」


 それを聞いた三人は待ってましたとばかりに目の前の野菜に齧り付いていた。そして一口食べては瞳を輝かせながらはしゃいでいる。


「この野菜凄く美味しい」

「こっちの赤いのも美味しいですよ」

「メイドに選ばれて本当に良かったぁ」


 彼女たちに出されたサラダは完璧な玉菜オールマイティキャベツ黄金の人参ゴールデンキャロット、様々な野菜の盛り合わせである。勿論、全て拠点にある農場プラントで取れたものだ。

 レオンは三人の喜ぶ姿を見ながら、獣人たちの褒美に対する概念を改めて思い出していた。


(そう言えば、ガルムたちは美味しい肉が褒美だと言っていたな。彼女たちには美味しい野菜が褒美になるのか……)


 野菜で籠絡ろうらくできるのだから安いものである。

 彼女たちの笑顔を見ている内、レオンはいつもの癖でグラスに注がれた牛乳を一気に飲み干していた。そして飲み干した後にミルクの視線に気付いて思わず笑みを浮かべる。


「美味いな」


 そう告げるとミルクは「良かったです」と、笑顔で返し再び野菜に手を伸ばす。

 ミルクの反応からも、飲み干した牛乳は三ルクの母乳であることは疑いようがない。レオンは空になったグラスを見つめ、フッと笑みをこぼす。

 

(まぁいいか、美味しいから気にしないことにしよう……。牛乳だと思えばなんて事はないだろ……)


 その後は食事も程々に、レオンは自然と三人の姿を視線で追っていた。特に耳をピクピクと動かす仕草は見ているだけでも幸せな気分にさせてくれる。

 食事を終えるとメアリーが三人に歩み寄り、食器を片付けながら楽しそうに話しを切り出していた。その様子からは獣人を怖がる様子は微塵も感じられない。

 勿論、以前から獣人の使用人が来ることを伝えてはいた。そして身の危険はないとも教えている。

 それでも短時間で打ち解けることが出来るのは、行商人として各地を旅した彼女の処世術があればこそだ。

 メアリーのように獣人に心を開く人間は極希である。それはレオンも重々承知していた。多くの人間が獣人を嫌悪し、憎しみを抱いていることも――

 だが、そんなレオンの考えを払拭するかのように、目の前の光景は眩いばかりに光り輝いて見えた。

 それは人間と獣人、互いが手を取り合う未来は、そう遠くないのではと錯覚してしまう程に――












―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


粗茶 「コメントは全て拝見しております。最近はコメントへの返信を怠っておりますがご了承ください」

サラマンダー 「お昼なのに僕のご飯だけありませんよ?(´・ω・`)」

粗茶 「そちらもご了承ください」

サラマンダー 「((((;゚Д゚))))」





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