王国⑬

 二人は少女に聞いた通りに階段を上がり左に視線を向けた。

 廊下の途中では煌びやかな鎧を身に纏う兵士が佇んでいる。見るからに一般の衛兵とは違う。皇帝を守る近衛兵に相応しい様相である。

 扉の前で周囲に目を光らせていることから、その場所が執務室であることは容易に想像がついた。

 幸いにも衛兵の数は二人だけ、他に人影はない。

 皇帝のいる場所にしては随分と警備が甘いな?そんなことを考えながら、ウォルカーは注意深く周囲に目を凝らす。


「警備は二人だけですかね?少なすぎませんか?」


 鈴音は耳をピクピク動かしながら周囲の気配を広範囲に探っていた。不思議そうに小首を傾げながらも、自分なりの結論をウォルカーに告げる。

 

「ここまで敵が侵入することを想定していない。この階には気配が四つだけ」


 ウォルカーは鈴音の言葉を聞いて素直に頷いていた。

 今まで使用した魔法の例もある。敵の気配を探れても可笑しくないと思ったからだ。


「四つですか……」


 ウォルカーは廊下の天井や壁に視線を移す。

 特に罠があるようには見えない。鈴音の言葉通り、この場所まで侵入されることを想定していないのだろう。

 ウォルカーは自国の城と帝国の城とを照らし合わせて考えてみた。 

 城の警備は下の階ほど手厚いのが一般的である。それに皇帝の執務室には機密文書が保管されている可能性が極めて高い。

 情報の漏洩を避けるためにも、近づける人間は限られていて然るべきだ。そう考えるなら護衛の数が少ないのも頷ける。

 ウォルカーは一人で納得すると改めて廊下の先に視線を向けた。衛兵の数は二人、残りの二人の居場所が気になるとこだ。


「鈴音の姉さん、残りの二人は何処にいるか分かりますか?」

「兵士が立っている部屋の中、そこに二人いる」

「なら話は早いですね。衛兵を無力化して部屋に入りましょう」

「じゃあ魔法で眠らせる」


 また魔法か……、ウォルカーは思うことはあっても口に出すことはなかった。

 口を出したところで必ずしも良い結果になるとは限らないからだ。目の前にいる万能少女に任せることが最良である。

 二人は足音を殺しながら衛兵に近づき、そして――


「[二重詠唱・眠りダブルキャスト・スリ-プ]」


 衛兵のまぶたは鈴音の声に驚く間もなく閉じられた。体がぐらりと揺れて床に倒れ込むと鈍い金属音が廊下に響き渡る。

 思ったよりも音が大きい。一瞬ウォルカーの体から冷や汗が流れるが、他の衛兵が駆けつけてくる気配はない。だが安堵したのも束の間、部屋の中から怒声が聞こえてくる。


「何の騒ぎだ!」


 ちっ!ウォルカーは舌打ちをした。

 ここで大声を出されては忍び込んだ苦労が水の泡である。


「叫ばれたら衛兵が来ます。何とか出来ませんか?」


 姿は見えなくとも、つないだ手から鈴音の位置はある程度把握している。ウォルカーはその方向を向いて押し殺した声で鈴音に訴え掛けた。


「できる。静寂サイレンス?それとも防音サウンドプルーフ?どっちがいい?」


 どっちがいい?と言われても、魔法に疎いウォルカーに分かるはずがない。悩んでいる時間はないため早口に告げた。


「他の衛兵に音が聞こえなければ何でもいいです」

「分かった。じゃあ、[防音サウンドプルーフ]」


 静寂サイレンスでは自分たちの声も聞こえなくなるため鈴音は防音サウンドプルーフを唱えた。

 扉が開き身なりの良い老人が姿を見せると、倒れている近衛兵を見て目を丸くする。しかし直ぐに状況を把握すると衛兵を呼ぶために声を張り上げた。


「衛兵はいるか!誰でもよい!直ぐに来るのだ!」


 老人とは思えぬ大きな怒鳴り声が響き渡る。

 普段であれば下の階にも声は届いていたに違いない。しかし今は鈴音の魔法により音は全て遮断されている。

 老人の声は虚しく響くだけで衛兵の耳に届くことはなかった。

 不意に老人の体は正面から押されて部屋の中に押し戻される。そして勝手に閉じた扉を見るや、老人は魔法の可能性に思い当たり表情を歪めた。


「鈴音の姉さん、さっきの大声は他の衛兵に届いてませんよね?」

「届いてない」

「なら姿を見せましょう。鈴音の姉さんは使者なんですから、挨拶くらいはした方がいいと思いますよ」

「分かった」


 何処からともなく聞こえる声に老人は警戒する。

 そして急に姿を見せたウォルカーを見るなり、ギリ!っと歯ぎしりをした。


「まさか獣人が透明化の魔法を使えるとは。その少女も獣人なのか?」


 老人は鈴音を見て訝しげに瞳を細めた。その鋭い目つきは明らかに敵意を孕んでいる。


「ちょっと待って欲しい。俺たちは戦いに来たわけじゃない。和平のための親書を届けに来ただけだ」


 ウォルカーが間を取りなそうとするも老人の目つきは更に鋭くなる。突き出した手のひらから魔法陣が浮かび上がった。


「皇帝陛下の居城に忍び込んでおきながら和平だと?笑わせるなよ獣風情が![魔法の矢マジックアロー]」


 糞が!ウォルカーは腕で防ごうとするが、その前に鈴音の尻尾が音もなく伸びた。

 それは常人では捉えることのできない神の領域の速度。横薙ぎに払われた尻尾により、魔法の矢マジックアローは光の粒子となり消え失せる。


「な、何が起こった?」


 突如として消えた魔法の矢を見て老人は驚くばかりだ。 鈴音は老人に視線を向けると何時もと変わらぬ調子で淡々と答える。


「ウォルカーを攻撃したら駄目。預かっている大切な護衛」


 ウォルカーは大切な護衛と言われて表情を和らげる。護衛が守られるのは問題があるが、鈴音に大切と言われて悪い気はしなかった。

 だが残念なことに、魔法を打ち消された老人の眼光は更に鋭さを増していた。今のは貴様の仕業かと、親の敵でも見るかのように鈴音を睨みつけている。

 その様子を目の当たりにしたウォルカーは溜息しか出てこない。それでも話を進めるため、懸命に言葉を紡ぎ出した。


「なぁ爺さん。俺たちは本当に戦う気はないんだ。心から和平を申込みたいと思っている。そうでなければ姿を見せたりはしない。今頃は皇帝を暗殺しているはずだろ?」

「獣風情が調子に乗るなよ!」


 老人は声を荒げて手のひらを突き出す。

 先程は部屋を破壊しないようにと弱い魔法を放ったに過ぎない。だが今回は違う、老人は貫通力の高い雷撃サンダーヴォルトを唱えようとしていた。

 しかし、そんな老人の行動を諌めるように部屋の奥から声が聞こえてくる。






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