王国⑪
だが次の瞬間、ウォルカーの左腕が鈴音にガッチリと掴まれた。
勢いをつけて飛び出したこともあり、左腕に掛かる負荷は計り知れない。ウォルカーの腕は引き千切れんばかりに伸び、後ろに引かれた肩の関節がギシリと鈍い悲鳴を上げる。
肩に走る痛みに顔を歪めながら、ウォルカーは何をするんだと牙を剥き出しにして鈴音の顔を睨みつけた。
「鈴音の姉さんは俺に恨みでもあるんですか?肩が外れたらどうするんです!」
しかし鈴音はウォルカーの言葉を意に介さない。感情の見えない表情で淡々と口を開いた。
「ウォルカーが馬鹿なことをしようとしてたから止めただけ。忍び込むなら魔法で姿を消してから」
ウォルカーは思わず「へ?」と素っ頓狂な声を上げた。
姿を消す魔法は簡単に覚えられる魔法ではない。様々な魔法を使えるとは聞いていたが、姿まで消せるとは聞いていないからだ。
「す、姿を消せるんですか?」
「消せる。後は
そんなことが出来るのかとウォルカーは目を丸くする。
(姉さんは身体能力も高い、跳躍で城壁を飛び越えるとばかり思い込んでいたが……。姿を消して空を飛ぶだと?その若さで一体どうなってんだよ……)
ウォルカーに反論の余地はない。侵入方法を相談もせず、思い込みで迂闊に行動した自分が悪いに決まっている。
その口からは素直に謝罪の言葉が漏れていた。真摯に頭を下げて直ぐに自分の非を認めることが出来るのは、ある意味ウォルカーの長所なのかもしれない。
「すいません鈴音の姉さん。俺が迂闊に行動したばかりにお手数を掛けました」
「別に気にしてない。それより魔法を唱えるから手をつないだ方がいい」
「はぁ……」
鈴音は相変わらずの無表情だ。本当に気にも止めていないのだろう。鈴音の小さな手がウォルカーの毛深い手を握り締めた。
「姿が見えなくなるから手を離したら駄目。ウォルカーが迷子になる」
「ま、迷子……」
迷子になるのはお前だろ?ウォルカーは内心突っ込みを入れながらも、しっかりと鈴音の手を握り返した。保護者として鈴音を迷子にさせるのは不味いと感じたのかもしれない。
正直なところ鈴音の方向感覚には疑わしいところがある。帝都まで来る間も何度道を間違えたことか――
(本当にうちの姉さんは仕方ないな……。まぁ、最後まで面倒は見てやるか。その代わり生きて帰ったら最上級のドラゴンの肉を貰いますからね)
ウォルカーは優しい瞳で鈴音のことを見つめていた。ふぅ、と息を吐いて肩の力を僅かに緩める。
(たまには子供のお守りも悪くはないか……)
そんなことを考えながら、ウォルカーは生きて帰るためにも気を引き締め直して城壁の上に視線を移した。
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