王国⑩
まじまじと見られて気になるのか、ウォルカーの不審な視線に幾人かの住民が訝しげな視線を返していた。
人間たちの視線にウォルカーは項垂れる。多勢に無勢、肩身が狭いとはまさにこのことだろう。人間たちに囲まれる中で獣人は彼一人だけ、ウォルカーは周りの全てを煩わしく感じていた。
唯一の味方はマイペースな鈴音だけである。心細いことこの上ない。
ウォルカーは前を向いて目の前に聳える城に視線を移す。一歩進む毎に城は大きさを増し、着実に近づいているのが見て取れる。
それはウォルカーにとって断頭台に上るのと同義だ。なぜ人間の――帝国の王がいる場所に行かなければならないのか――
最後の望みは鈴音が大人しく城の衛兵に親書を託して立ち去ることだが、その可能性は万が一にもないだろうとウォルカーは既に諦めていた。
城が徐々に迫るにつれてウォルカーの顔は険しくなる。
城門が見える頃には街の様子も様変わりしていた。立派な洋館が立ち並び、煌びやかな装飾店や、仕立ての良さそうな洋服店が視界に入る。見るからに貴族御用達といった店構えだ。
見回りの衛兵も数を増して周囲に目を光らせていた。
それでも衛兵たちは鈴音やウォルカーを見ても一瞥するだけで声を掛けようとはしない。それもそのはず、二人の姿は身なりの良い人間に映っているからだ。
元々着用している鈴音の衣服は最上級の糸で織られた物。ウォルカーも使者の護衛らしく仕立ての良い衣服を身に纏っている。
傍から見れば風変わりな貴族のように見えてもおかしくはないのだろう。
だが全て上手く行くはずがなかった、世の中はそんなに甘くはない。城門から少し離れた場所で鈴音は足を止めた。
目の前には見上げるような高さの城壁と城門。そして城壁の周りには堀が取り囲み水が流されていた。
しかも城門の跳ね橋は上げられた状態で城に入る手段がない。城門の近くには衛兵の詰所もあり、十数人の衛兵が辺りを警戒している。
流石にこれでは城に入ることは不可能であった。
「鈴音の姉さん、見ての通り城には入れませんよ?衛兵に手紙を渡して立ち去りましょう。和平のための親書だと言えば、必ず皇帝まで届けてくれますから」
「分かった」
それはウォルカーが待ち望んだ言葉である。歓喜に打ち震えながら声を上げた。
「分かってくれましたか!」
だが胸を撫で下ろしたのも束の間、鈴音の次の言葉でウォルカーは顔を手で覆い天を仰いだ。
「強行突破する」
開いた口が塞がらなかった。
和平の使者が喧嘩を売ってどうすんだよ!ウォルカーはそう叫びたくなるのを堪えて鈴音の説得を試みる。
しかし、幾ら話しても鈴音には理解できないのか首を傾げるばかりだ。
この馬鹿が!ウォルカーは内心叫ぶが、これ以上は何を話しても無駄だと覚悟を決める。
「仕方ありません。ですが強行突破は絶対に駄目です。気付かれないように忍び込み、こっそり皇帝に手紙を渡しましょう。手紙を渡したら直ぐに帰る。いいですよね?」
「分かった。じゃあそうする」
ウォルカーの願いが通じたのか鈴音は了承する。尤も、鈴音は無表情で何を考えているのか分からないため油断は出来ないのだが――
二人は人通りのない城の側面に回り込むと、ウォルカーは城壁を見上げた。
確かに高いが飛び越せない高さではない。一回目の跳躍で壁の半分は越えることができるだろう。更に城壁を蹴って二回三回と跳躍を繰り返すことで、城壁を越えることは可能なはずだ。
鈴音に関しては一回の跳躍で易々と飛び越えられるため、心配するだけ無駄である。
ウォルカーは城壁で滑らないよう足の爪を剥き出しにする。大きく息を吐いて呼吸を整えると、力強く大地を蹴って駆け出した。
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