王国⑨

「鈴音の姉さん、本当に勘弁してもらえまえんか?これ以上は本当にやばいですってば」


 狼族の近衛隊長ウォルカーは頭を悩ませていた。

 帝国に親書を届けるための護衛とは聞いていたが、まさか帝都まで来るとは聞かされていなかったからだ。

 帝都の街中を堂々と歩く鈴音にウォルカーは勘弁してくれと泣きたくなる。だが、そんなウォルカーを尻目に鈴音の言葉は淡々としていた。


「手紙は偉い人に渡すように言われた。帝国で一番偉い人は皇帝、だから皇帝に渡すのが吉、それ以外は凶」


 ウォルカーは何を馬鹿なと項垂れた。

 直接皇帝に渡す?会えるはずがないではないか。しかも獣人は帝国から見れば敵でしかない。それこそ命を捨てに行くようなものだ。

 尤も、目の前の少女が死ぬところは想像すらできない。戦闘訓練で見せた動きはまさに化物。あれは少女にとって訓練ですらないのかもしれない。なにせ数段強くなった自国の王が、尻尾の一振りで軽く吹き飛ばされるのだから――

 死ぬのは自分だけかとウォルカーは顔を伏せた。

 鈴音が帝都に行くと言い出した時、部下を国境に置いてきたことだけが唯一の救いである。その時、「これも邪魔」という鈴音の一言で牛車も一緒に置いてきていた。

 レオンからの連絡で急かされていた鈴音にとっては、歩みの遅い牛車は許せなかったのかもしれない。

 結局のところ最後まで鈴音の護衛に残ったのは近衛隊長のウォルカーだけだ。

 尤も、今のウォルカーは鈴音の護衛というよりは保護者に近いのかもしれない。目を離せない子供と一緒で何をやらかすか気が気ではないからだ。


「鈴音の姉さん、恐らくレオンさんは皇帝に直接渡す意味で言ったんじゃないと思いますよ?街の役人や兵士に手紙を預けて、皇帝まで届けてもらうだけでも良かったんじゃないですかね?」

「それは駄目、もし途中で手紙が無くなったら大変。大凶」

「はぁ、そうはならないと思うんですがね……」


 ウォルカーは何を言っても無駄かと肩を落とす。

 そして道行く人間に視線を移し、その中に自然に溶け込んでいることに改めて不快感を感じた。


「そにしても認識阻害の魔法って言いましたか?鈴音の姉さんは相変わらず何でも有りですね。正直なところ人間の中に紛れるのはいい気分がしませんがね」

「他の人間には私たちは普通の人間に見えてる。人間の中に入るのに便利な魔法、周りは気にしない方がいい」

「まぁ、そうなんでしょうけど……」


 ウォルカーは少し前まで人間と敵対していた獣人だ。正確には今も敵対しているだろう。その人間に囲まれて気にするなと言われても無理がある。

 襲うわけではないが、どうしても周りの人間に目がいってしまう。



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