王国⑧

 レオンらが立ち去ったベルカナンの街では、ケネスが何時になく真剣な顔つきでシャインの下を訪れていた。

 明らかに今回のことにはレオンが一枚噛んでいる。それどころか主犯の可能性が極めて高い。今はまだ憶測の域を出ないが、それでもケネスは確信めいたものを感じていた。

 ストレスで痛む胃を抑えなからレオンのことを問い詰める。


「なぜシリウス公爵に何も仰らなかったのですか?妖狐という女性はレオンさんの仲間に違いありません。国境の上空に現れた少女もそうです。レオンさんは助けた村人を私に預けた際に、砦の獣人は殆ど倒したと言っていました。どう考えてもレオンさんが絡んでいるとしか思えませんよ。抑、あの妖狐という女性は本当に獣人なんですか?確かに尻尾は生えていますが、それ以外は何処から見ても人間ではありませんか」


 シャインはまたかと顔を顰める。

 獣人が和平の申し入れに来てからというものケネスは毎日こんな感じだ。今までは適当にあしらってきたが、今日のケネスは一段と熱を帯びている。見るからに簡単に引き下がりそうにない。

 一度はっきり言い包めた方が良いだろうとシャインもケネスに向かい合う。


「それは貴方の憶測でしかないでしょ?そんな嘘かも知れない報告をしてどうするのです。しかもシリウス公爵の傍にはレオンさんが護衛として付いていたのですよ?本人の目の前で、お前は怪しいと言えるはずがないでしょう?」

「きっとシリウス公爵に護衛として付いていたのも偶然ではありませんよ。レオンさんは怪しすぎます」

「貴方の言うことも少しは分かります。ですが確たる証拠もなしに話すようなことではありません。もし仮にレオンさんが関わっているとしても、和平の話を纏めようとしているなら願ったり叶ったりではありませんか。悪いことではありませんよ」

「確かにそうかもしれません。ですが、もし万が一にも和平の話が王国に不利益をもたらしたらどうするおつもりですか?獣人が嘘をつくことも容易に考えられるのですよ?」

「その時は王国に先見の明がなかったと諦める他ありません。少なくとも貴方の話が全て的を得ているなら、レオンさんは王国のことを思って行動しているはずです。そうでなければ敵国に乗り込んでまで攫われた村人を救出しようとは思いませんよ。もし自分の憶測が正しいと思うのであれば、つまらない報告よりもレオンさんのお役に立てることを考えなさい。きっとそれが王国の未来のためになると私は信じています」


 シャインの言葉を聞いてケネスも改めてレオンの行動を振り返る。

 ベルカナンを包囲する獣人を殲滅し、攫われた村人まで助け出してくれた。その何れもが命を落としかねない危険が付き纏う。 

 ケネスの目から見ても、レオンは王国のために命懸けで戦っているとしか思えなかった。


(確かにレオンさんには助けられてばかりいる。それでも完全に信じていいものだろうか……)


 ケネスは少し考えてから首を横に振る。

 命懸けで王国のために戦った者に対して、俺は何を考えているのだと自分を恥じた。

 それにシャインの言う通り自分の考えは憶測でしかない。要らぬ情報を与えて国を混乱させるのはケネスの本意ではなかった。


「確かに隊長の言う通りかもしれません。外で少し頭を冷やしてきます」


 踵を返すケネスの後ろ姿を、シャインは早く出て行けとジト目で見ていた。

 レオンに対してお前は怪しいと言えるはずがないではないか。そんなことを言ったらシャインの夢は遠のくことになるのだから――

 シャインは、もう二度と来るんじゃないと、ケネスの立ち去った扉に「べぇ~」と長い舌を出す。

 尤も、仕事の連絡で次の日の早朝には顔を合わせることになるのだが、シャインはそんなことも忘れて今だけはレオンへの思いを募らせていた。




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