王国⑦

 会談を終えたレオンたちは、バハムートを回収してからメチルの街への帰路に着いた。

 シャインからは屋敷に泊まるように勧められたが、普通に考えるなら、そんな悠長な時間は有りはしない。王国の今後を左右するかもしれない大事である。一刻も早く情報を持ち帰りたいと思うのが自然であろう。会談の内容は極秘情報扱いのため伝令鳥を使うこともできない。

 そのためシリウスはシャインの提案を跳ね除けた。自ずと護衛のレオンもベルカナンの街を後にすることになるが、その全てはレオンの思惑通りである。

 帰りの馬車の中ではレオンとアンナが雑談を交わしていた。侍従の男は当然のように魔法で眠らされているため、話が外に漏れることはない。


「シャインがベルカナン方面を仕切る第三軍の軍隊長とはな……。人は見掛けによらないものだ」


 シャインのことをアンナから聞かされたレオンは、あの場にシャインが居たことに納得する。だが同時に疑問が浮かび上がる。シャインの年齢はどう見ても二十代、しかも女性だ。それで一万以上の兵士を纏める軍隊長は不自然に思えたのだ。


「それにしても、あの若さで軍隊長は可笑しいのではないか?この国はどうなっているのだ……」

「シャインの祖父は王国内では知らぬ者はいない有力貴族です。その力もあるのではないかと……」

「なるほどな。強力なコネと財力でどうにでもなるというわけか――」


(この国は本当にどうしようもないな……)


 レオンは王国の未来を悲観するが実際はそうではない。

 シャインが今の地位に上り詰めたのは、王国最強とまで言われる剣の腕に起因する。抑、レオンはシャインの名前をずっと以前から聞かされていた。

 ニナから強者の情報を購入した際、真っ先に上がってきたのが閃光のシャインなのだから――

 しかし、レオンは教えてもらった人物の全てを当たり前のように男性だと思い込んでいた。それどころか昔聞いた強者の話はレオンの記憶の中から薄れつつある。そのためシャインが王国最強の剣士とは夢にも思わなかったのだ。


「この国では貴族の力は絶対のようです。もしレオン様がお望みなら、シャインの任を解くことも可能ですが――如何いたしましょうか?」

「そんなことが可能なのか?シャインは有力貴族の令嬢なのだろ?」

「ベルカナンはシリウスの領土でございます。追い出すくらいは容易いかと」


 アンナの話を聞いたレオンは「ふむ」と少し考え込む。

 だが追い出したところで何か利点があるわけではない。シャインは今後も妖狐を屋敷で持て成すことを約束していることから、寧ろ居てもらった方がレオンとしては都合が良い。下手にシャインを他所に追いやり、都合の悪い人物が後釜に座っても困るからだ。

 それともシリウスの息の掛かった貴族を後釜に据えるか?そんなことも考えてみるが、それはベルカナンの住民が良い顔をしないだろう。

 シリウスの馬車から遠ざかる住民を思い出し、レオンは困ったものだと眉尻を下げた。


「いや、その必要はない。シャインが和平の話をどう思っているかは知らないが、今のところ妖狐にも友好的に見える。他所に追いやり、和平に否定的な人間を後釜に据えられても困る」

「それではシャインを、なるべくレオン様の意に沿うように動かしましょうか?」

「無理はしなくともよい。下手に動いて悪い方向に転がる恐れもある。シャインのことは放っておいても構わんだろう。それよりアンナは和平の話を上手く纏める事に集中しろ」

「畏まりました。必ずや結果を出してご覧に入れます」

「まぁ、そんなに気負う必要はない。失敗したら失敗したで何とかなるだろうからな」


 レオンは窓を開けて外の景色に視線を移す。冷たい風が馬車の中に流れ込むも、それはレオンにとって心地よいものであった。

 これより三日を掛けてレオンはメチルの街に戻ることになる。道中は村での宿泊など体裁を保つ必要があるとは言え、本当に馬車での移動は時間が掛かると愚痴をこぼさずにはいられなかった。


 宿泊のため村にたどり着いたサラマンダーは鳴き声を上げる。

 村の入口は狭すぎてサラマンダーだけは通ることができない。来たとき同様に村の外で待機することになるのだが、お陰でサラマンダーの食事のことはレオンの頭から抜け落ちていた。

 サラマンダーの悲痛な鳴き声は誰にも届かない。ここにはサラマンダーの言葉を理解出来る者はバハムートしかいないのだから――





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