王国⑤

 通された部屋では二人の女性が豪奢な長椅子に向かい合って座っていた。

 そこにいたのは二人とも見覚えのある人物。一人はレオンの従者であり今回の交渉役を任されている妖狐。もう一人は――


「あらレオンさん、お久し振りですね」


 それは訓練場で出会ったシャインである。

 だがその姿は訓練場で出会った時とはまるで別人だ。剣や鎧の代わりに薄手の生地で作られた白いドレスを身に纏い、足を揃えて上品に長椅子に腰掛けている。

 その姿はとても兵士とは思えない、それどころか良家のお嬢様に見えた。


「なぜシャインがここにいる?」


 レオンにとっては至極当然の疑問である。

 この場にいるという事は一介の兵士ではないのだろう。それなりの身分と見るべきだが、今のレオンにとっては喜ばしいことではない。


「この街を預かるものとして、私も会談の場に同席させていただきます」


 この街を預かる?レオンの頭に疑問符が浮かぶが、それも直ぐに同席という言葉に打ち消される。身内だけで固めるはずが、想定外のことに小さく舌打ちをした。

 シリウス――アンナはその舌打ちを聞き逃さない。


「邪魔だシャイン。如何にお前であろうと、この場に立ち会うことは許さん。直ぐに退室しろ」

「ですが腕の立つ者は一人でも多い方が良いのでは?」


 シャインは瞳を細めて睨むようにシリウスを見据えるが、使者のいる前で言って良い言葉ではない。そんなことも分からないのかとシリウスは瞳で訴えかけた。


「私は邪魔だと言ったはずだぞ?お前にはこの場に立ち会う権限はないはずだ」

「それは分かっています。ですが……」


 シャインは妖狐を一瞥して言葉を詰まらせた。

 流石に本人を目の前にこの使者は危険だとは言えない。その言葉がどれだけ王国に不利益をもたらすかはシャインでも分かることだ。

 シャインは今の今まで使者に会っていなかったことを後悔する。

 全ての面倒事を副官のケネスに押し付けてきたツケがこれだ。

 シャインも会談に立ち会うつもりは毛頭なかった。ただ街を治める者として、会談の前に挨拶をしに来たに過ぎないのだ。

 この部屋に入るまでは――

 シャインは部屋に入った直後の悪寒を思い出す。

 今は嘘のように悪寒は消えたが、戦闘で培ってきたシャインの感は、この使者は危険だと全力で警鐘を鳴らしていた。


(私も政治の場には立ち合いたくありませんよ!この獣人はやばいんですってば!)


 シャインはグッと拳を握り締めて渋々立ち上がる。

 そしてレオンの前で立ち止まるとバハムートを奪うように抱き抱えた。


「えっ?」


 レオンが間抜けな声をすもシャインはにっこりと微笑む。そして妖狐に背中を向けながら気付かれないように囁いた。


「あの使者は危険です。お気をつけて……」


 シャインはそれだけ告げると部屋を後にした。

 後に残るのはレオンとフィーア、そしてシリウスと妖狐のみである。レオンは軽くなった腕を見て、「まぁ、問題はないか」とフィーアに視線を向けた。


「フィーア、扉や窓を魔法で閉錠ロックしろ。それと周囲に誰か潜んでいないかの確認だ。録音や録画をする魔道具マジックアイテムがないかも調べろ。防音の魔法も忘れるな」

「畏まりましたレオン様」


 即座に頷き返すフィーアに妖狐が話し掛ける。


「フィーア様、周囲に潜む者はアンナ以外はおりません。魔道具マジックアイテムの類も調べましたが、録音や録画をする魔道具マジックアイテムはございませんでした」

「そう、随分と手際がいいわね」


 褒められた妖狐は九つの尻尾を嬉しそうにワサワサと動かす。

 本当はレオンに褒めてもらいたいところだが、レオンの前でナンバーズに褒められるのは悪いことではない。

 尤も、周囲の気配を探ったお陰でシャインには警戒されているのだが……

 妖狐が嬉しそうに見守る中でフィーアは魔法を発動させた。


「[防音サウンドプルーフ]、[閉錠クローズドロック]」


 レオンはフィーアの魔法を確認するなり、空いている豪奢な長椅子にドカっと腰を落とした。その隣にはフィーアが寄り添うように腰を落としてレオンの肩に凭れ掛かる。

 馬車の長旅で慣れたのだろうか、レオンも然して気にする様子もない。


「これで話を聞かれることもないな。アンナも姿を見せて構わん。妖狐の隣に座るがよい」

「はっ!ありがとうございます」


 シリウスの影から現れたアンナは妖狐の隣にちょこんと腰掛ける。

 レオンは「さて」と前置きをしてから厳かに口を開いた。


「妖狐、鈴音の方はどうなっているか聞いているか?」


 それは帝国に和平交渉の使者として送り込んだ猫又の鈴音のことだ。

 尻尾がある方が獣人らしいと鈴音を送り込んだが、帝国については事前に調べがついていない。そのためレオンの心配は尽きることがなかった。

 目に見える護衛としてヴァンから狼族の精鋭を借り受けているが、帝国が有無を言わずに襲ってくることも考えられる。

 妖狐の困った顔を見てレオンは何となく返答の予想がついた。


「まだ親書は渡せていないと、それ以上は何も聞いておりません」


 レオンも鈴音とは定期的に通話で連絡を取っている。

 だが返答はいつも、「まだ親書は渡せてない。ごめんなさい」だ。鈴音を送り込んでから日は浅いため、まだ帝国領にすら入っていないのかもしれない。

 それとも帝国領には入っているが、帝国は獣人と話しもしたくないということだろうか?それはそれで厄介なことだ。


「そうか……。まぁ、私も簡単に和平が成るとは思っていない。鈴音からの報告は気長に待つとしよう。それより妖狐、お前は一人なのか?ガルムから借りた護衛はどうした?」

「邪魔でしかないので牛車と一緒に帰っていただきました」


 レオンは僅かに首を傾げる。

 国を代表する使者が護衛もなしに敵国にいるのはどうなのだろうか?おかしいとは思いつつも、見方を変えれば、それだけ王国を信用しているとも受け取れる。

 そう考えると決して悪ことではないのかもしれない。


「それもよいのかもしれんな。では今後の打ち合わせの準備を行う。フィーア、拠点から執政官のエルハバートを連れてこい。和平交渉の条件をもう一度確認する」


 フィーアは二つ返事で頷き返して姿を消した。

 同時に妖狐がインベントリから五人分の湯呑と急須を出してお茶の準備を始める。レオンは差し出されたお茶を口に含んで今後のことを思案した。

 帝国との和平、教国の動向、それ以外にも王国との和平交渉には数多くの障害が存在する。

 レオンは本当に面倒なことだと溜息を漏らす。

 そして俺は何やっているんだろうと表情に影を落としていた。他にもやる事があるのではないかと――






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