王国④

 一頻ひとしきりアンナの髪を撫で終えたレオンは大きな欠伸あくびを一つする。

 眠いわけではない、余りに退屈なのだ。事前に分かっていたことだが馬車での移動は相応の時間を要する。しかも閉鎖された空間ではやる事もない。元の世界で昔やっていた携帯ゲームが恋しく思えてくる。

 レオンは一度屋敷に戻ることも考えるが、腕にしがみつくフィーアを見て即座に考えを改めた。普通に考えたらフィーアと密着している今の状況は悪くはない、寧ろ役得とも言える。それに膝の上に座るアンナも心なしか嬉しそうに見えたからだ。

 馬車の旅を楽しむと決めてから、時間の進み方が早く感じられたのは気のせいではないだろう。

 レオンたち一行は途中の村で宿泊をしながら、予定通り三日目の昼にはベルカナンへとたどり着いていた。

 事前に王都から伝令鳥が飛ばされていたのかもしれない。出迎えの兵士が直ぐに駆け寄り、緊張した面持ちで馬車の小窓からシリウスの顔を確認する。

 兵士たちが僅かに震えているのはシリウスが公爵だからではない。シリウスの評判の悪さが兵士たちを怯えさせていた。

 シリウスを怒らせたらどうなることか――それはシリウスの領内に住む者であれば子供でも知っていることだ。


 馬車は兵士に先導されながら街中をゆっくりと移動する。

 公爵家の家紋が刻まれた馬車を見て街の住民は遠ざかる一方だ。普段は賑やかな大通りが一瞬にして静まり返っていた。

 レオンは馬車の小窓から街の様子を眺めて眉間に皺を寄せる。予想以上の嫌われ様に、こいつは何をしたんだとシリウスに視線を移した。

 フィーアを攫おうとしたことからも大方の予想はつくが、レオンにとっては何とも頭の痛くなる話だ。


 程なくして見事な建物の前で馬車は止められた。

 シリウスの屋敷ほど大きくはないが、一目見ただけでも上質な建材が使用されているのが分かる。白い大きな柱は大理石だろうか。入口の両端には太い二本の柱が並び、屋敷に入る客人を出迎えている。

 建物から出てきた執事服の紳士が洗練された動きで馬車の扉をゆっくりと開いた。

 最初に馬車を降りたのはレオンだ。

 今のレオンは名目上ではシリウスの護衛である。周囲を警戒するように見渡してから、馬車の扉の近くでシリウスを隠すように立ち塞がる。フィーアにも事前に伝えているため、レオンと同じようにシリウスの護衛を演出していた。これで傍から見ても立派な護衛に見えるだろう。

 続いて侍従が降り立ち、最後にシリウスが馬車から姿を見せると、執事服の紳士は恭しく頭を下げた。


「お待ちしておりましたシリウス様。使者の方は中でお待ちです」


 その言いようから使者には既に話を通しているのだろう。レオンたちがベルカナンに到着してから直ぐに早馬を飛ばしたようだ。

 街中での移動速度が遅かったのも、事前に使者へ話を通すためなのかも知れない。


「案内しろ。直ぐに話がしたい」

「畏まりました。それとレオン様、あれは如何いたしましょうか?」


 執事服の紳士もレオンのことは知っていたのだろう。

 あれはどうするのかと馬車の後方に視線を向けた。そこに居たのはサラマンダーである。しかも頭の上にはバハムートが横たわり熟睡していた。

 レオンはサラマンダーの巨体を見て肩を落とす。

 サラマンダーは護衛に必須だが屋敷に入ることはできない。屋外に話し合いの場を設けることも考えたが、礼を失するため相応しくはないだろう。

 結局のところ、サラマンダーが護衛として役に立つかと言われると微妙である。

 バハムートに関しては駄々をこねて付いてきただけ、何かを期待する方が間違っていた。

 尤も、獣人の使者は自身の従者であるため、襲われる可能性は万に一つも有り得ないことだ。

 交渉すらも所詮は出来レースである。

 そのためレオンの答えは既に決まっていた。


「子供は一緒に連れて行く。サラマンダーはこの場で待機させても問題はないな?」

「屋敷の庭園は広いため問題はございません」


 執事服の紳士は了承するも、レオンの対応に納得がいかないのか侍従の男が口を挟んだ。


「お待ちくださいレオン殿、子連れで行動するのは止めていただきたい。レオン殿はシリウス様の護衛として雇われているのですよ?それが子連れでシリウス様をお守りするのは如何な――」

「構わん!全てレオンの言う通りにしろ!」


 シリウスの言葉が侍従を一蹴する。

 主の言葉では侍従も何も言うことができない。レオンは寝ているバハムートを抱き抱えて、そのままシリウスの護衛に戻る。


「よし。では今度こそ案内をしろ」


 シリウスの言葉に執事服の紳士は深々と頭を下げた。

 足を踏み入れた屋敷の中は見るからに上流階級のそれだ。普段は王族や貴族が寝泊まりする貴賓館なのかもしれない。




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