王国③
レオンは豪奢な馬車に揺られながらベルカナンへの道程を急いでいた。そして時折落ち込むように溜息を漏らす。
それもこれも自分の頭の足りなさを嘆いてのことだ。
アンナから王国でのやり取りを聞かせれてから、レオンは改めて自分の思慮のなさを痛感していた。
獣人と敵対しているのは王国だけではない、帝国もまた然りだ。帝国への配慮を欠いたのは致命的とも言える。
「申し訳ございませんレオン様。私が至らないばかりにご迷惑を……」
それはもう何度も聞いている謝罪の言葉だ。
アンナはレオンの膝に腰掛けながら、定期的に振り返っては謝罪の言葉を口にしている。
レオンの隣には気を失っているシリウス、正面にはフィーアが座り、その隣にはシリウス付き添いの侍従が魔法で眠らされていた。
シリウスが所有する外遊用の豪奢な馬車は四人乗りでアンナの座る場所がない。そのためレオンは自分の膝の上に座らせたのだが、アンナは謝罪の言葉を口にしてばかりだ。
主の手を煩わせたことへの謝罪と、膝の上に座ることへの謝罪。レオンも二つの意味での謝罪であることは理解しているが、全ては自身の浅はかな考えがが招いたことだ。
従者に責任を押し付けている罪悪感からレオンは表情を曇らせる。
「アンナ、先程も言ったがお前が悪わけではないのだ。全ては私の思慮が足りないことに起因する。もう謝罪の言葉は必要ない、お前はよく頑張ってくれた」
アンナは瞳の端に涙を溜めながら見上げてくる。設定年齢十歳という幼い容姿も相まってか、どうも子供を虐めているように思えしまう。
レオンはアンナの頭を撫でながら気にするなと口にするが、アンナ自身はレオンに迷惑を掛けたと思い込んでいるらしい。
歯車が噛み合わない時は何を言っても無駄であろう。そしてレオンはもう一人の、違う意味で歯車の噛み合わない人物に視線を向けた。
「フィーア、何度も言うがアンナを睨むな」
先ほどから――正確に言えば馬車に乗り込んでから、ずっと険しい表情でアンナを睨むフィーアにレオンは苦言を呈した。
「お言葉ですがレオン様!アンナは自分の任も全うすることができない愚か者です!にも関わらず、レオン様のお膝の上に座るなど信じられません!如何にレオン様がそうせよと仰っられても、普通は無理にでも断るのが当たり前ではありませんか!それをこの恥知らずは、厚かましいにも程があります!」
語気を強めるフィーアを見てアンナが肩をすぼめる。フィーアの言葉は至極当然のためアンナに反論の余地はない。
つい先程も同じことを繰り返しているため、レオンはまたかと頭を抱えたくなる。
「フィーア、何度も言うがアンナを膝の上に座らせたのは私だ。アンナを責めるのは間違っている。責められるべきは私のはずだ」
「そのようなことはございません。レオン様の優しさに甘えるアンナが悪いのです。抑、アンナは影の中に潜むこともできます。レオン様のお膝に座る理由が見当らないではありませんか」
「今まで影の中でシリウスを操っていたのだ。アンナとて外に出たいに決まっている。また同じような問答を繰り返すようなら、お前を拠点に戻すことも考えなくてはならんな」
フィーアは瞳をパチクリさせて小首を傾げ、その言葉の意味を理解すると顔が見る間に真っ白になる。
一気血の気が引いているのが傍から見てもはっきりと分かるほどだ。口を微かに動かしているが声にならない。
この世の終わりが訪れたかのように、悲壮感を漂わせながら呆然と虚空を見つめていた。
そんな姿を見せられては流石にレオンも不安になる。
「随分と顔色が悪いが大丈夫か?」
フィーアの瞳から途端に涙がこぼれ落ちた。縋るような瞳でレオンを見つめながら、悲しみで歪んだ口元から言葉を絞り出す。
「私はもう必要ないのでしょうか……」
涙を見せるフィーアにレオンが動揺したのは言うまでもないことだ。
「どどど、どうした?そうか!拠点に戻りたくないのだな?それは私が悪いな、全て私が悪い。先程の言葉は撤回するから何れにせよ落ち着くのだ」
どう考えても落ち着くのはレオン自身であるが、当のレオンに落ち着く余裕などあろうはずがない。それでもレオンの言葉が効いたのか、フィーアの顔に血の気が僅かに戻る。
「本当でしょうか?私はまだレオン様のお傍にいても良いのでしょうか?」
泣かれながらそんなことを言われては選択肢がなかった。この状況で駄目だと言えるほどレオンの精神は頑強ではない。
「当然だ。私にはお前が必要だからな」
「慈悲深いレオン様。私には何よりの褒美の言葉でございます」
フィーアは涙を拭って満面の笑みを浮かべる。
そして急に立ち上がると――
「これは邪魔ね」
気を失っているシリウスを向かいの席に投げ飛ばす。
とは言っても狭い馬車の中である。シリウスは魔法で眠っている侍従と抱き合う様にぶつかり合う。鈍い音が聞こえてくるが、それでもフィーアは気にする様子がまるでない。
空いた席に腰を落とすと嬉しそうにレオンに寄り添い、幸せそうに体を密着させていた。
レオンはちらりとフィーアを見てから、膝の上に乗るアンナに視線を落とす。そっとアンナの頭に手を乗せると優しく緑色の髪を
そして長い髪を梳きながらレオンはある願いを込める。それは――
(アンナはフィーアみたいに育ったら駄目だぞ?あれは反面教師だ。アンナには普通の子供として成長して欲しいものだ)
既にガチャから出てきた時点で普通の子供ではない。しかも今は年齢を固定しているため歳を取ることもない。
レオンは叶う事のない夢を願いながら、アンナのサラサラ髪を指で撫でるように梳き続けていた。
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