エピローグ②

 時を同じくして、報告を受けたレオンは撫子の下を訪れていた。

 天守閣の大広間には撫子とレオンの二人だけ。レオンは神妙な面持ちの撫子を見つめながら、眉尻を下げて困った顔で笑みを見せる。

 撫子が悪いわけではない、雷花や風花もだ。二人は言われた通り誰も通していない、全ては上空から侵入することを考慮していなかったレオンに責任がある。

 そのためレオンは誰も叱るつもりもなければ、ましてや罰を与えようとも思わなかった。だが、それに反して撫子の表情は罪を償おうとする者の顔付きだ。

 レオンは困ったものだと頭を掻く。


「そう畏まるな。風花は言われた通り地上に風を起こし、雷花も悪天候を演出するため、言われた通り雷雲を作り出した。誰も通していないし私の命令をしっかりと守っている」

「ですが、冒険者に雷花と風花の姿を見られてしまいました。その責任は負わなければなりません」


 妖怪を束ねる長として、撫子は相応の罰を覚悟していた。そうでなければ他の従者に対して示しが付かないからだ。しかし――


「それは上空からの侵入を考慮していなかった私の認識の甘さにある。抑、二人の姿は見られても問題はない。アインスにも言われたのだろう?お前たちはプレイヤーを誘き寄せるための餌だと。今回の一件で王国には雷花と風花の話が伝わるだろう。プレイヤーを誘き寄せるため、撒き餌をしたと思えばそれでよい」

「撒き餌でございますか。なるほど……」


 撒き餌と聞いて撫子はレオンの真意を悟った。

 上空からの侵入を考えていなかったのではなく、敢えてそのことを雷花と風花に伝えていなかったのだと。

 元々、生殺与奪はレオンの指示がなければできない。その上で二人の性格を考慮するなら、上空に侵入者が現れても勝手に敵対するはずがないのだ。嘘をつけない二人のことを考えると、何も知らされていないのも納得がいく。

 敢えて冒険者に情報を与えたのかと撫子は大きく頷いた。

 それなら何らかの名目で更に我々――妖怪――の名を広げた方が良いのでは?と、撫子は思案する。

 多少の危険はあるのかもしれない。だが、それによりプレイヤーを誘き寄せることができるなら――


「レオン様、一つご提案があるのですが、申し上げてもよろしいでしょうか?」

「ん?構わん、申してみよ」

「レオン様は以前、人間と獣人が分かり合えたら、そう言っておられましたよね?」


 レオンは、はて?と過去の記憶を遡る。

 確かに撫子と二人の時、雑談を交えてそんなことを話した気はする。尤も、遠い未来を見越してのことで今すぐにと言うわけではない。

 人間と獣人との間には深い溝があり、それを埋めるのは容易ではないと思ったからだ。


「うむ、確かに言ったな」

「では、その手始めとして、王国と和平交渉を行っては如何でしょうか?その際、獣人の代表は私が務めたいと考えております。上手くいけば人間と獣人の溝を埋めることもできるでしょう。何よりプレイヤーを誘き寄せるにはちょうど良いかと」

「確かに私は撒き餌と言ったが、何もそこまでしなくともよいのではないか?お前を危険に晒すより、レッドリストに罠を張った方が確実だと思うのだが……」

「ですがプレイヤーの影を捉えたのは僅か一度だけ、このままではレオン様のご友人を見つけるのも何時になるか知れません。恐れながら、ある程度の犠牲は覚悟すべきかと」

「犠牲か……」


 レオンは拠点を出た当初を思い返す。

 初めは何よりも自分や従者の身の安全、そして仲間の捜索を優先していたはずだ。そのためには、この世界の人間は犠牲にしても構わないとさえ思っていた。

 現に拠点を出たその日にヒュンフが誤って人を殺したが、レオンは何とも思わなかった。何の落ち度もない人間が無慈悲に命を奪われてもだ。

 それなのに何時からだろうか、この世界の人間を犠牲にできなくなったのは――

 ニナに出会い、ミハイルたちと依頼を受け、話をしている内に情が芽生えたとしか言いようがなかった。

 獣人のときもそうだ。魔物と変わらない獣人は、全て死んでもいいとさえ思っていた。

 思っていたはずなのに――


「俺は一体何をやっているんだろうな……」


 レオンの呟きに撫子は目を丸くする。

 少なくとも撫子の知る限り、レオンが自らのことをではなくと表現したのは初めてのことだ。

 撫子はそこにレオンの本音を垣間見た気がした。


「レオン様?」

「ん?ああ、和平交渉だったな。代表は撫子よりも、見た目が獣人に近い妖狐の方が相応しいだろう。交渉内容などその他のについては撫子に一任する」

「畏まりました。それでは妖狐を使い和平交渉を行います」

「うむ、それと大事なことがある。お前たちが犠牲になってよい道理はない。それを肝に命じておけ。私からの話は以上だ。すまないが席を外してくれないか、少し一人で考え事がしたい」

「それでは失礼いたします」


 撫子は大広間をでる間際、振り向きざまにレオンの様子を覗う。

 そこには脇息に片肘を付きながら、ずっと畳に視線を落として考え込むレオンの姿が見られた。

 その表情はお世辞にも明るいとは言い難い。レオンの影の差した表情に、撫子は一抹の不安を覚えていた。




 その頃、メチルの街では―― 


『ふぁぁ……。マスター、私がこの時間仕事中なのは知っていますよね?通話は止めてもらえませんか、迷惑なんですよ。せっかく気持ちよく寝ていたのに……』


 眠そうな女性の声を聞いて、こいつは何をしているんだと通話相手の額に青筋が走る。同時に何かヘマをしているのではと気が気ではない。


『仕事中なら寝たら駄目でしょ!あんた自分の任務分かってるの?怪しまれるようなことはしてないでしょうね』


 甲高い女性のキンキン声が頭の中に響き渡り、眠そうにしていた女性は心底嫌な顔をする。もしこの表情を見られていたら、きっと一時間は説教を受けていたに違いない。

 傍に自分の主がいないことに感謝をしながら、女性は気怠そうに話し出す。


『ちゃんとやっていますから大丈夫ですよ。私はもう眠いので通話を切ってもいいですか?それに連絡は夜って決めていましたよね?』

『うっさい!私は偉いんだから文句は言わないの!それより発見したプレイヤーはレオンだけ?それらしい人物は他にいないのかしら?』

『レオンさんだけです。他にはプレイヤーらしき人はいませんよ』

『そう……』

『あ!そう言えば大事なことを忘れてました』

『大事なこと?』

『はい。レオンさんに告白されました。――どうしましょうか?玉の輿ですけど結婚したら駄目ですよね?』


 相手の女性の額に青筋がくっきりと浮かび上がり、更にビキビキと伸びる。


『駄目に決まってんだろがぁあああ!私ですら男に告白されたこともないのに何が結婚よ!死ね、死んで私に侘び入れなさいよ!』

『えぇ……。嫌ですよ、そんなの』

『くっそぉおおお!私の従者は何で言うこと聞かないのかしら。勝手に獣人に会いに行く馬鹿もいるしどうなってんのよ……』

『私たちをそう作ったのはマスターですよ。諦めてください』

『こんなことになるんだったら従者に格好良い男を作るんだったわ。後悔してもしきれない……』

『はいはい、そうですね。じゃあ通話を切りますよ』


 通話を一方的に切り、さぁ寝るかというところで、またしても邪魔が入る。

 駆けつけてくる見慣れた同僚を視界に捉えて、また睡眠を妨害されるのかと思わず肩を落とす。


「ここにいたのねニナ。ちょっと書類の整理を手伝ってくれない?今のうちに片付けておきたいのよ」

「ごめんエミー、今日はやる気が出ないから明日にしてくれない?」


 エミーの額に青筋が走る。それを見たニナはやはり駄目かと重い足取りで歩き出した。このときニナは改めて思う、レオンとの結婚を選んでいた方が幸せだったかもしれないと――


 まさかレオンも身近に他プレイヤーの従者がいるとは知る由もなかった。

 そして、王国は三者三様の思惑を背景に、動乱の時代を迎える事になる。だが、そのことを今はまだ誰も知らない――





 



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


これで第一章は終了します。

ここまで読んでいただいた読者の皆様ありがとうございます。


第二章は王国の動乱。

王国がヒャッハーします。


第三章は動き出す従者。

主人公配下の魔王御一行がヒャッハーします。


大まかなプロットは考えているのですが、その通りに書くかは分かりません。

その日の気分でシナリオが変わったりするので……

そんな感じですけどこれからも読んでいただけたら幸いです。


それと今日から数日は投稿をお休みします。

来週には投稿を再開する予定ですので気長にお待ちください。












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