Sランク冒険者㉞
その言葉はクライツェルの耳にも届いていた。
まず最初に思い浮かんだのは、ベルカナンから派遣された偵察隊の存在である。
ベルカナンには常駐している魔術師がいる。天候の異変に気付いて調査に来ていてもおかしくはない。だが、その考えは次のケリーの言葉であっさり覆された。
「あれは女か?」
ケネスもおかしいと思ったのだろう。ベルカナンに常駐している魔術師は全て男性である。その時点で、ベルカナンから派遣された偵察隊の可能性はなくなっていた。
では何者だろうか――
次にクライツェルが考えたのは、東のロマリア帝国の存在であった。帝国は広大な領土を有しており、王国や獣人の国とも隣接している。獣人の国に対して偵察隊を送り込んでいても何ら不思議ではなかった。
だが、王国と帝国は同じ敵――獣人――を持つ同志であり、帝国とは同盟が結ばれている。王国の国境で何らかの活動をするのであれば、事前に知らせがあって然るべきである。
それとも同盟は上辺だけであり、水面下では王国に対して何らかの謀略を働いている可能性もあるが――
もしそうであるなら、この異常気象にも納得ができた。帝国には数多くの魔術師が存在する。獣人が魔法で異常気象を起こすよりも、遥かに現実味があった。
ヴェゼルもクライツェルと同じ考えに至ったのかもしれない。考える仕草をして、少し間を空けてから――
「もしかして帝国の人間ですか?」
だがケリーは分からないと首を横に振る。外見だけでは判断することができないからだ。
「そうですか……。ですが、あんなに遠くにいる人物の性別まで判断できるなんて凄いですね。私には小さな点にしか見えないというのに。確か遠見のスキルですよね?覚えられるなら、私も是非覚えたいものです」
「ヴェゼルはスキルよりも魔法の習得を優先すべきだ。それがパーティーのためにもなる」
ケリーの至極真っ当な答えに、ヴェゼルは「冗談ですよ」と、笑い飛ばした。
だが、何時までもヘラヘラと笑ってばかりもいられない。
大まかな選択肢は三つである。
一つ目はこのまま前進。地上であれば
二つ目は大きく迂回。相手の情報を得ることはできないが、こちらが相手に気付かれることもない。当初の目的通り、獣人の動向を探りに行ける。
三つ目はベルカナンに帰還。このことをシャインに報告する。だが戻ってきた時に相手がまだいるとは限らない。
「これからどうしますか?このまま前進するか、迂回するか、それともベルカナンに戻るか、選択肢はこの三つに絞られると思いますが?」
ヴェゼルの問いにクライツェルが黙考していると、不意にケリーが舌打ちをした。
「ちっ!気付かれたか……」
「気付かれた?この距離をか?」
クライツェルは信じられないと瞳を見開くも、ケリーは相手の動きに警戒しながら間違いないと言い切った。
「間違いない。こちらを指差し二人で何かを話している。」
こうなっては選択肢が更に限られてくる。
相手に近づくか、それとも逃げるか、二つに一つである。
「仕方ない。ヴェゼル、相手に近づき出方を覗う。もし相手に敵対する意思がなければ話をしたい」
「分かりました。ですが念のため逃げる準備もしておきますよ?」
「ああ、頼む。空中だと俺やルークは戦力にならない。ケリーの投げナイフも命中精度が落ちるだろうしな。先ず勝ち目はないだろう」
「ではルークを盾にして近づきますか。防御は任せましたよ、ルーク」
「きっつい役回りだのう」
そう言いながらもルークは盾を構え直す。それを確認したヴェゼルは相手との距離を徐々に縮めていった。
程なくするとクライツェルの瞳にもはっきりと人影が映る。
女性というよりは少女に近いのかもしれない。二人の少女は空中で佇み、じっとクライツェルたちの様子を覗っていた。
其処にいたのはレオンの命を受けた雷花と風花の二人である。二人はクライツェルたちを見ても首を傾げるだけで、攻撃の素振りすら見せなかった。
そんな二人に敵意はないと感じたのだろう。二人との距離は見る間に縮まり、普通に会話ができるところまでクライツェルたちは近づいていた。
更に近づこうとするも、雷花が手のひらを前に突き出しクライツェルたちを制止する。
「こっから先は通せないよ。悪いんだけど帰ってくれないかな?」
クライツェルたちは動きを止め、少女を上から下まで舐めるように観察するが、とても魔術師のようには見えなかった。
それ以前にどう見ても王国や帝国の部隊に所属する格好ではない。この寒い時期に肌を露出する衣服にも違和感を覚えた。
何より此処を通せないと言うことは、獣人とも何らかの関係が疑われる。
その真意を探るためにも、クライツェルは注意深く言葉を選んで語りかける。
「分かった。ここから先には進まないよ。ちょっと話をしたいだけなんだ。それなら別に問題ないだろ?」
「雷花たちと話がしたいの?」
雷花は一瞬考えるも、特に話をすることを禁止されているわけではなかった。それに退屈しのぎにはちょうどよいと思ったのかもしれない。だから安易にクライツェルの言葉を受け入れていた。
「まぁ、暇だし別にいいかな」
「ありがとな。俺はクライツェル、君は雷花って言うのかい?」
「そうだよ。それでこっちが風花」
雷花が指差した少女は顔を顰め、訝しげにクライツェルたちを見渡していた。クライツェルは情報を聞き出すなら雷花の方が良いと即座に判断する。
「よろしくな風花。それで雷花はここで何をしているんだい?」
「レッドリストに誰も入れないようにしてるんだよ」
クライツェルの眉がピクリと動いた。
王国や帝国の人間は獣人たちを嫌悪している。獣人を蔑む意味でも、その国名は敢えて口にすることがない。そのことからも、この少女は王国や帝国の人間ではない可能性が極めて高いと思われた。
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