Sランク冒険者㉝
クライツェルは頭をガシガシ掻き毟り仲間たちを見渡した。
「全ては憶測でしかない。何にせよ俺たちは依頼を遂行するだけだ。そうだろ?」
そう告げて苦笑すると、みな釣られるように苦笑いを浮かべる。
クライツェルの言っていることは正しい。全ては仮定の話でそうと決まったわけではない。それに獣人の動向や兵力を探るのが今回の依頼である。仮に獣人の中に魔法に長けた部隊がいるなら、それを調べることも自ずと依頼に含まれる。
問題はどうやって国境を越えるかだ。この悪天候に獣人が関わっているとしたら、天候の回復は望めないだろう。だからと言って谷を強行突破するのは不可能に近い。
残された道は――
「問題は国境を越える方法だが、上空に風が吹いていないのは好都合だ。
そう言ってクライツェルは縋る様な視線をヴェゼルに向けた。
「はぁ……、無茶を言わないでください。
「悪いなヴェゼル、もう方法がないんだ。俺も出来ればお前の魔法は温存しておきたい。だが、そうも言ってられない状況にある。こんな場所で足止めを食らうわけにもいかないだろ?」
クライツェルの真剣な眼差しに、ヴェゼルは頷くしかなかった。
「……仕方ありません。幸い
クライツェルは「頼む」と、力強く頷き返し、仲間たちに指示を出す。
「急いで出立の準備だ。出来れば日が落ちる前に国境を越えたい」
その言葉で誰もが急いで旅の支度を整えた。食堂で軽い食事を取り宿を出る間際、クライツェルは宿のラウンジでミハイルと遭遇する。
ミハイルはクライツェルの旅姿を見て思わず声を掛けた。
「クライツェルさん宿を出るんですか?この風では国境を越えるのは難しいと思うのですが……」
「ようミハイル。ちょっと試したいことがあってな。もしかしたら、上空は風が吹いてないかもしれないんだ」
「え?どういう――」
「悪いが説明している時間がない。またなミハイル」
宿を出て行くクライツェルの背中を見送り、ミハイルはクライツェルの言葉を確認するため外に出て上空を見上げた。
確かに雲は動いていないように見える。クライツェルが何をするのかは分からないが、ミハイルはクライツェルが無事に帰ってくることを願っていた。
レオンとクライツェルが遭遇しませんように、と――
街を出たクライツェルらは、早速ヴェゼルの魔法で空高く浮かんでいた。
思った通り上空に上がるにつれ風は緩やかになり、そして、ある一定の高さまで上がると風はピタリと止んだ。
クライツェルはしてやったりとほくそ笑む。だが同時にそれは、この天候が魔法によることを示唆していた。
ヴェゼルも確信を得たのだろう。敵に備えて警戒するよう注意を促し始めた。
「ケリー、念のため周囲の警戒は怠らないでください。ルークは私たちの前方に配置します。敵の奇襲に備えて常に盾を構えてください」
「上空に敵の魔術師がいるかも知れないということか?」
「可能性は低いと思いますが、絶対とは言い切れませんからね。ルークも敵の魔法が飛んできたら盾を使って防いで下さい」
「足で踏ん張れないからやりづらいのう」
「そこを何とかお願いします。では移動しますよ」
ヴェゼルの掛け声に一同頷き返す。
それと同時にヴェゼルを中心とした密集陣形が組まれた。前に盾役のルーク、右には周囲を警戒するケリー、左には全体の指揮を取るクライツェルが配置された。
準備が整うとクライツェルたちは国境へと向かう。その速度は走る馬と同程度、恐らく三時間もあれば国境は抜けられる。
だが、ヴェゼルは三時間もの間、休むことなく
仲間の命が掛かっているヴェゼルは必死である。
そして、国境の山脈に近づくと景色は一変した。眼下は一面の厚い雲に覆われ地表は視界から消え失せる。間近で
「ヴェゼル、雲が近すぎる。もっと高く飛んでくれ」
「無理です。
「なら早く国境を抜けてくれないか?雷に打たれて死ぬのは御免だ」
「もう既に限界まで速度を上げています。これ以上速く移動するなら、
「空を飛べる魔法も万能じゃないってことか……」
「そんなこともないんですけどね。伝説に謳われる
二人がそんな話し合いをしている間も、ケリーは周囲に目を凝らす。
移動速度が速いこともあり索敵も容易ではない。それでも全神経を研ぎ澄ませて僅かな人影を捉えていた。
前方の一点を見つめて声を荒げる。
「止めろ!前に誰かいる!」
ケリーの言葉に一瞬にして緊張が走る。
誰もが周囲に警戒をして隈無く辺りを見渡した。この判断の能力の高さは流石にSランクパーティーと言えよう。
クライツェルはケリーの視線を追い、素早く前方に瞳を凝らす。其処には小さな黒い点が薄らと見えるだけ、距離がありすぎて何かは全く分からない。それでもケリーには見えているか、訝しげに眉を顰めて声を漏らした。
「人間が二人?何故こんな場所に……」
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