Sランク冒険者㉜
レオンがベルカナンを去った翌日。
ベルカナンの街には相変わらず寒風が吹き荒んでいた。
ケリーの取った部屋は北の空が見える四階にあり、そこからは国境に連なる山脈がはっきりと見える。ベルカナンに来た初日とは違い、宿の中でも取り分け良い部屋を取っているため室内は暖かい。大きな窓には分厚いガラスが嵌められ外の様子も覗えた。
ケリーが敢えて良い部屋を取ったのには、それなりの理由がある。昨日と同じ部屋では寒すぎて体を壊す恐れもあった。それで依頼に支障をきたしては元も子もないからだ。出費は
クライツェルは窓から空を見上げて深い溜息を漏らす。
街の上空には雲がないというのに、何故か国境の山頂には暗雲が立ち込めている。昨日と何ら代わらない空模様にヴェゼルが訝しげに口を開いた。
「おや?おかしいですね。これだけの強風なのに北から雲が流れてこない。もしかして、上空は風が吹いていないのかもしれませんね」
クライツェルも北の空を見上げて遠くを見るように瞳を細めた。
言われてみれば確かにおかしい。風は北から南に吹いているにも関わらず、国境の雲が動いていないのは余りに不自然である。
だが、これに気付いたのはクライツェルたちだけではない。兵士たちの間では昨日から噂になっていた。特に城壁の上から周囲を警戒する兵士たちは、その異変に早い段階で気付いている。大きな騒ぎになっていないのは、兵士たちが唯の異常気象だと思い込んでいたからだ。
「ヴェゼル、こんなことが有り得るのか?」
クライツェルの問いにヴェゼルは俯き過去の事例を思い出す。
しかし、このような異常気象は見たことも聞いたこともない。可能性があるとするなら新たな異常気象か、若しくは――
「
ヴェゼルは難しい顔をしながら考え込むように何やら呟き始めた。断片的に聞こえる言葉から、ヴェゼルには何らかの心当たりがあるのかもしれない。
クライツェルは聞きたい気持ちを堪えながら、ヴェゼルの考えが纏まるのを静かに見守っていた。それはルークやケリーも同じである。考え込んだ時のヴェゼルは人に邪魔されることを大いに嫌う。そして、そういう時のヴェゼルは何時になく冴えているからだ。
考えが纏まったのだろうか。ヴェゼルはゆっくりと顔を上げてクライツェルたちを見渡した。
「クライツェルとケリーは
「ああ、干ばつの時なんかに畑に雨を降らせる魔法だろ?」
「王国では一部の宮廷魔術師が使えるはずだ」
「その通りです。ですが
そこまで聞いてクライツェルとケリーにもヴェゼルの言いたいことが分かった。この風と国境の雲は、
国境に連なる山脈は見渡す限り雲に覆われている。クライツェルは窓の外から北の上空を見渡し、そんなことが本当に有り得るのかと瞳を見開いた。
「冗談だろ?俺が幼い頃に見た
「私も些か信じられないのですが、目の前の現実を直視すると、そうも言ってられません。この風や国境の雲は、十中八九魔法によるもでしょう。我々も最悪の事態を想定して動くべきです」
「
ヴェゼルの話を聞いてクライツェルは呆然と佇み、ケリーは唯々絶句していた。
「ですが、一人でこれだけの規模の魔法は不可能なはず、恐らく数百人規模の魔術師が関わっているでしょう」
「ちょっと待て、王国の人間がこの件に関わっていないとしたら、風を起こして雲を作り出しているのは獣人ということになる」
「その通りです。王国からは何も聞いていませんし、ベルカナンの兵士たちの様子を見ても、この件に関わっているとは思えません」
「それならおかしいだろ?獣人は魔法を苦手としている。それだけの数の魔術師がいるはずがない。それに
「確かにクライツェルの言うことは最もです。ですが王国も獣人のことを全て把握しているわけではありません。私たちが知らないだけで、ずっと水面下で魔術師を育成していた可能性もあります」
ヴェゼルの言葉に誰もが言葉を失う。もし本当にそうであるなら、それは王国の危機に他ならない。王国が今まで身体能力の高い獣人と互角に渡り合えていたのは、魔法による戦力が獣人より遥かに優れているからだ。
だが、獣人にもそれだけの数の魔術師が存在するのであれば、王国は魔法よる優位性を保てなくなる。
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