Sランク冒険者⑯
ベルカナンに戻ったクライツェルたちは、天候が回復するまで宿での待機を余儀なくされた。宿へと戻る道中の繁華街は、昼間にも関わらず、開いている店は疎らである。寒さのせいだろうか、通りも閑散として活気がない。
宿に戻るとラウンジでは、商人と思しき大勢の客が項垂れていた。聞き耳を立てると、幌付きの荷馬車が強風に煽られて街の外を走れないらしい。街から出ることが出来ず、商売にならないと愚痴を零している。
クライツェルは、こんなところにも悪天候の被害者がいるのかと苦笑いを浮かべた。そんな商人に混じり、場違いにも談笑する客の姿がクライツェルの視界に入る。
「よう、ミハイル。それにレオン。お前らは随分と余裕だな」
「僕らは依頼で来ているわけではないですから。それよりクライツェルさんはどうしてここに?宿を立たれたと伺いましたが」
理由は聞かずとも分かっている。だが、ミハイルは何も知らないと言わんばかりに平然と尋ねた。聞く前から宿に戻ってきた理由を知っていては不自然である。ミハイルは話の辻褄を合わせるために尋ねていたに過ぎなかった。
「どうもこうもあるか。風が強すぎて谷を抜けられないんだよ。天候が回復するまでは、どうにもならないだろうな」
クライツェルはお手上げとばかりに肩を大袈裟に竦めてみせた。ミハイルは一度レオンの顔色を覗い、そしてクライツェルに同情の眼差しを向けた。
「それはご愁傷様です。取り敢えず空いている席に座ってください。シェリー、ウィズ、すまないけど四人分のお茶を貰ってきてくれないか?」
シェリーとウィズは二つ返事で快く頷き返すと、そそくさと席を立って食堂の方へと消えていった。クライツェルたちは近くの空いている席に腰を落とすと、ほっと一息つく。
そしてレオンの隣りに座る女性に視線を移した。初めて見る女性だが、噂で聞いているため見当はついている。レオン・ガーデンの妻、フィーア・ガーデンは見目麗しい絶世の美女であると、王都でも噂になっているからだ。
「レオン、その女性はお前の嫁さんだろ?紹介してくれないか?」
嫁と呼ばれたのが嬉しいのか、クライツェルの言葉にフィーアは満更でもない表情をみせる。その笑みは天使と見まごうばかりに美しい。男たちが見惚れる中、レオンがフィーアに目配せすると、フィーアは軽く会釈をしてから簡単な自己紹介を始めた。
「フィーア・ガーデンと申します。レオン様の良き理解者であり最良の妻です」
「レオン様か、夫に敬称を付けて呼ぶのも噂通りだな。それに良き理解者であり最良の妻か。こんなに愛されてるレオンが羨ましいよ」
愛されているかと言われるとそれは違う。レオンの中ではあくまでもお芝居でしかない。そのためフィーアの発言を聞いたレオンは、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
(良き理解者であり最良の妻か……。そこまで気を使う必要はないんだけどな。フィーアは綺麗だし俺に対しては気配りも出来る。ちょっとおかしなところはあるが、本当に結婚できたらどれほど幸せなことか……)
レオンは叶わぬ願いだと肩を落とす。命令を下せば従者との結婚も望めるかも知れない。だが、そんなことをしたら他の従者にどう思われることか……
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