Sランク冒険者⑬

 翌朝、クライツェルは身震いするような寒さで目を覚ます。

 窓の鎧戸が風で煽られ、ガタガタと音を立てながら震えている。建物を揺らす風の轟音がクライツェルの表情を曇らせていた。寒さも気になるが、この風も厄介だ。風は急速に体温と体力を奪い去り、冷え切った体は思うように動かなくなる。

 こんな荒れた天候で旅立つのはクライツェルの本意ではない。しかし、急ぎの依頼であることから、そんな悠長なことは言えなかった。

 クライツェルはランプに火を灯して身支度を始める。部屋が暖かなオレンジ色に染まるだけで、部屋の温度が上昇したのではと思えてくるのだから、斯くも炎とは偉大なものだ。

 ランプの明かりに誘われたのだろうか。仲間の一人が目を覚まして、余りの寒さに身震いをする。


「んおっ!寒いのう」


 声の主に視線を移すと、厚い脂肪と筋肉に覆われた巨体が、のそっとベッドから起き上がり、両手で肩を抱きながら震えていた。


「おはようルーク。そんなに脂肪を着ているのに寒いのか?」

「クライツェル、自分が寒さに弱いからと、そんな皮肉を言うもんじゃねぇぞ?それに、この寒さは脂肪がどうとかいう問題じゃねぇ。おらでも凍え死にそうだわ」


 ルークと呼ばれた巨漢の男は、そう言いながら大げさに身震いをしてみせる。

 確かにこの寒さは異常だ。幾ら寒い時期とは言え、王国内でこれほど冷え込むのは珍しいことだ。北の辺境で生まれたルークが震えるほどの寒さである。クライツェルは勿論のこと、他の仲間も寒さに耐えられないのは明白であった。

 

「手持ちの防寒具では、この寒さは凌げないな。街を出る前に食料と一緒に防寒具も買う必要があるか……。ルーク、身支度を整えたら朝飯を食いながら今日の予定を話し合おう。それと――」


 クライツェルは目覚めない二人の仲間に視線を移した。

 鎧戸の隙間からは薄らと白んだ外が見える。もう陽が昇りかけているにも関わらず、時間に煩い二人が起きないのは余りに不自然だ。


「ヴェゼル、ケリー、寝たふりはやめろ。これ以上続けるなら朝飯は俺とルークが貰うからな」


 四十代と思しき中年の男が、観念したかのように布団に包まりながら寝返りを打つ。 

 よほど布団が恋しいのか、布団に入ったまま手だけを伸ばし、自分の手荷物から装備を漁っていた。


「ヴェゼル、そんなんじゃ何時まで経っても身支度は終わらないぞ?」

「クライツェルも酷なことをいいますね。私は寒さに弱いんですから、少し時間が掛かってもよいではありませんか」

「我慢しろ。俺だって寒いのを我慢してるんだからな」

「はぁ……、仕方ないですね」


 溜息を漏らすと真っ白な息が漏れた。ヴェゼルはそれを見てげんなりしながらも、ベッドから起き上がり、手荷物から綺麗に畳まれたローブを取り出し身に纏う。魔道具マジックアイテムと思しき装飾品を身に着け、壁に立て掛けてある杖を手に取った。


「ほら、私の準備は終わりましたよ?皆さんも急いでください。私は早くラウンジで温まりたいのですから」

「無茶言わんでくれ。おらの鎧は身に着けるのに時間を食うのを知っとるだろ?魔術師の身支度は早くてずるいぞ」


 そんな会話が飛び交う頃にはクライツェルも身支度を終わらせていた。そして未だに返答のないケリーへ再度忠告しようと視線を移すも、既にケリーはベッドの上にはおらず、いつの間にか身支度を整えた状態で佇んでいる。

 だが、ケリーの外套は皺だらけでよれよれになっていた。恐らく外套を羽織ったまま寝たのだろう。それを見たクライツェルが困ったものだと眉間に皺を寄せる。


「おいケリー、俺たちSランクのパーティーは冒険者の顔だぞ?そんな皺だらけのマントで街中を歩くつもりか?他の冒険者に笑われるだろ?」

「クライツェルは体裁を気にしすぎだ。それに寒さへの対策として、マントを身に着けて寝るのは常識だろ?」

「そうなんだが……。せめて皺にならないように、布団の上から掛けられなかったのか?」

「それでは起きた時にマントが冷え切っている。身に着けて寝た方が効率がいい。起きた時に、そのまま暖かいマントで身を包めるからな」

「いや、そうなんだが――もういい、俺の言ったことは忘れてくれ……」

「言われなくてもそうする。クライツェルの話は無駄が多い」


 ケリーの発言は最もなだけにクライツェルも反論できなくなる。


(ケリーは悪い奴じゃないんだが、どうも合理的すぎるというか融通が利かないというか……。限界まで寝ていたのも体を冷やさないためなんだろうが、それにしても――)


 それにしてもリーダーの言うことには従って欲しいものだと、クライツェルは肩を落として嘆かずにはいられなかった。



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