Sランク冒険者⑫
その様子を見かねた撫子が疲れたように溜息を漏らす。
「二人ともいい加減になさい。レオン様がお困りですよ」
「構わん撫子、二人とは暫く会っていなかったからな。それに二人に甘えられて私も悪い気はしないのだ」
レオンが笑顔でそう告げると撫子は無言で頷き返し、ただ優しい眼差しで雷花と風花を見守り続けた。何より主が楽しそうにしているのだ、邪魔をするのは無粋である。
レオンも二人の少女に抱きつかれて満更でもないが、そこには恋愛感情や下心があるわけではない。昔から無邪気に接してくる甘えん坊の二人を、レオンは自分の娘のように思っていたからだ。
(相変わらず甘えん坊だな。俺に娘ができたらこんな感じなんだろうか……。バハムートもこんな風に育つといいんだが、甘えん坊というよりも我が儘な感じだからな。反抗期とかあるんだろうなぁ……)
レオンは成長したバハムートの姿を思い浮かべ、雷花と風花を撫でる手を止めていた。二人の小女はまだ撫で足りないのか、レオンの顔を見上げて催促をしてくる。
「レオン様!もっと頭を撫でてください!」
「風花も、風花もです」
レオンは白い歯を見せてニッと笑うと、最後に二人の頭をわしゃわしゃと手荒に撫で回す。
「今日はここまでだ。また今度な」
二人から不満の声が漏れるが、顔を膨らませる姿も見ていて可愛いものだ。
それに、二人とも機嫌を損ねて、そんな仕草をしているわけではない。ただ構ってもらいたいだけなのである。
レオンもそれが分かっているからこそ、楽しそうに笑みを浮かべていられた。
だが、この時間はいつまでも続かない。雷花と風花がここにいるということは、国境を遮る風は既に収まり、誰もが谷を往来できるということ。
今は真夜中、しかも谷を抜けるには丸一日掛かるとはいえ、何時間も国境の警戒を解くのは躊躇われた。
レオンは笑みを殺して真剣な面持ちになる。風花は依然としてレオンの胸に抱きつたままだ。レオンの見下ろす瞳の先には風花の顔が間近にあり、互の呼気が肌に触れる。
「風花、撫子から暖かい風も起こせると聞いたが本当か?」
レオンの真剣な眼差しを間近で受けた風花は、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、それでも受け答えはしっかりとする。
「はいです。ある程度の温度調節は可能です」
「では三日の間は今まで通りの風を、四日目からは初夏のような暖かい風を起こしてくれないか?」
三日は今まで通りとしたのは、クライツェルが寒さで早々に依頼を放棄するのを期待してのことだ。もし三日でクライツェルが依頼を諦めなければ……
そこからは恐らく長期戦にもつれこむだろう。
風花はレオンの言葉を噛み締めるように頭の中で反芻しながら、真っ赤な顔で頷き返す。
「畏まりです」
「うむ、無理はするなよ。任務が終わったら無事に帰ってくるのだぞ?」
レオンは満足そうに頷き返すと、風花の後頭部に手を回して胸にギュッと抱き寄せる。
風花のレベルなら余程のことがない限り怪我をすることもないのだが、レオンは久し振りに雷花と風花に会ったことで、心配性の親馬鹿スイッチが入っていた。風花の頭を左腕で抱えると、自分の娘を遠くに送り出す親のように感傷に浸っている。
それを見た雷花が口をへの字に曲げてレオンに言い寄る。
「風花だけずるい!レオン様、雷花もギュってしてください!」
レオンは空いている右腕を雷花の後頭部に回すと、風花と同じように胸にギュッと抱き寄せた。
「うむ、雷花も怪我をするんじゃないぞ?危なくなったら必ず私に連絡を入れるのだ。お前たちに怪我をさせた馬鹿者がいたら、私が必ずお仕置きをしてやるからな」
雷花は満面の笑みを浮かべ、「分かりましたぁ~」と、締まりのない声で返事をしながら、レオンの胸に顔を押し付け甘えている。
親子の別れを惜しむかのように三人の抱擁は続けられ、程なくしてレオンは雷花と風花を国境へと送り出す。
その微笑ましい光景を、撫子は羨望の眼差しで眺めていた。
あの子達が子供役なら、私は差し詰めお母さん役かしら?そんな事を考えながら……
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