Sランク冒険者⑩
クライツェルは肩ごしに暖炉のある方へ視線を向ける。仲間たちはレオンに興味を示さず、こちらに来る気配がない。いつもなら相手の実力を測りたがる仲間たちであるが、今は寒さで暖炉の前から動けない――動きたくないらしい。
クライツェルの視線に気付いても疎ましそうに手で払い除ける仕草をする。挨拶はリーダー同士で済むだろ?と、仲間の視線が訴えていた。
レオンの実力は気になるところではあるが、クライツェル自身が実力を試すような真似はできなかった。リーダー自らそんなことをすれば、他の冒険者からの信用を失ってしまう。
クライツェルは仕方ないかと苦笑する。同じ冒険者である以上、何れはレオンの実力を知ることになるだろう。焦ることはないと自分に言い聞かせながら、クライツェルは仲間の非礼をレオンに詫びた。
「本当は俺の仲間を紹介したいところだが、みんな外から来たばかりで暖炉の前から動けないらしい。すまんなレオン」
「構わんとも。急に冷え込んだからな。暖炉が恋しいのは仕方のないことだ。それよりクライツェルは国からの依頼でこの街に来たのだろ?今日はこの宿に泊まるのか?」
「依頼のことは既に知られているのか。流石に冒険者だけあり耳は早いようだな。取り敢えず、今日は宿に泊まり、明日の朝には宿を立つ予定だ」
「そうか、まぁ無理はしないことだ。危険と感じたら直ぐに戻ることをお勧めする」
「俺たちも無理をするつもりはないよ。命あっての物種だからな。じゃあ俺は暖炉の前に戻らせてもらうぞ?このままだと依頼の前に凍死しそうだからな」
クライツェルは冗談交じりの言葉で白い歯を見せると、暖炉の方へ足早に駆けていった。
その後ろ姿をミハイルたちは気の毒そうに見つめている。何日経っても風が収まることはないだろう。何せこの風は意図して起こしている風だ。クライツェルの依頼が失敗するのは目に見えていた。
そこで気になるのは、この強風がいつまで続くかである。クライツェルが直ぐに依頼を諦めるなら問題ないが、もし何日も宿に留まり風が収まるのを待つとしたら――
その間、街は寒さで凍てつき満足に外を歩くこともできないだろう。それは住民の生活にも支障をきたす由々しき事態ではなかろうか。
ミハイルは一度クライツェルを横目で確認すると、椅子に座り直すレオンに小声で囁いた。
「レオンさん、風はいつまで吹き続けるんですか?」
「ん?それはクライツェルが依頼を諦め王都に帰るまでに決まっているだろ?」
「ではクライツェルさんが依頼を諦めず、宿に滞在するとしたら?」
「当然クライツェルが諦め王都に帰るまでは、風が止むことはないだろうな」
やはりかとミハイルの表情が僅かに曇る。
ベルカナンは比較的寒い地方にあるが、平野に雪が降るほどの寒さではない。そのため暖炉がない家屋が多くを占める。寒さは流行り病にも繋がることから、ミハイルはレオンに苦言を呈した。
「……この寒さは流石に問題があります。数日なら大丈夫ですが、これが続くとなると住民の健康や生活にも影響が出ますよ」
「とは言ってもな……」
(風で谷を封鎖するのはいい案だと思ったんだけどな。住民の生活を考えると長く続けるのは無理なのか……。それならいっそ暖かい風を流せばいいんじゃないのか?それなら寒さに苦しむ心配もないだろ?後はそんなことができるかだが……。取り敢えず撫子に相談してみるか)
「分かった。では暖かい風を流せるか少し相談してくる」
「そんなことが出来るんですか?」
「どうだろうな」
出来るか出来ないかは相談しないことには分からない。レオンは苦笑いを浮かべると、そのまま外へと姿を消した。
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