Sランク冒険者⑧

 その日の夕方、ベルカナンの北には厚い雲が立ち込めた。

 雲は瞬く間に国境の山脈を覆い、山から吹き降ろす強風がアスタエル王国へと流れ込む。寒々しい冬空に加えて山から吹き降ろす寒風が、住民たちの表情に冷たい影を落としていた。余りの寒さにベルカナンの街では、陽が落ちる前に店仕舞いをする店主の姿がちらほら見える。住民たちは厚手の外套を手でしっかりと抑えながら、足早に家路へと着いていた。

 街を警備する衛兵たちは、口元に手を当てかじかんだ指を温める。その指の隙間から漏れる白い息を眺めながら、レオンは一人悠然と街中を歩いていた。


(少し悪いことをしたな。まさか山から吹く風がこんなに冷たいとは……。だが、これならSランクの冒険者と言えども身動きが取れないはずだ。谷は強風で体温も奪われる、体感温度は間違いなく氷点下だろうしな)


 レオンが宿へ入ると、ラウンジにある暖炉の前では宿泊客が輪になって暖を取っていた。外から来たばかりだろうか、中には厚手の外套を羽織っているにも関わらず、顔を真っ青にして震えている者までいる。

 宿と言っても各部屋に暖房器具が備わっているわけではない。暖を取るためにはラウンジの暖炉を利用する他ないのだろう。ミハイルたちも寒さに耐え兼ねたのか、ラウンジの椅子に腰を落として談笑していた。


「レオンじゃねか。もう帰ってきたのか?」


 ベティの声がラウンジに響き渡り、他の客も一斉に同じ方向に視線を向ける。

 注目を浴びたレオンはバツが悪そうに顔を顰め、早々にミハイルと同じテーブルに着いた。その際ベティに、「私が帰ると不味いのか?」と、皮肉を言うのを忘れない。だがベティはニカッと笑みを見せるだけで、それ以上は何も語らず暖炉の方に視線を移す。

 何かあるのか?と、レオンも暖炉に視線を移すも特段変わった様子はない。

 そう思いきや一人の男と視線が合う。他の客が視線を逸らす中、暖炉の前で真っ青になって震えていた男だけは、じっとレオンから視線を外そうとしない。その種明かしをするかのようにミハイルが口を開いた。


「レオンさん、あの人がクライツェルさんですよ」

「あの男が?思ったよりも普通だな。もっと厳つい中年の男を想像していたんだが……」



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