軍師?

 陽は随分と傾いてはいるが、冒険者ギルドが賑わうには少し早い時間のようだ。

 足を踏み入れたギルド内には十名程の冒険者がいるだけ、受付嬢も心なしか退屈そうに見える。

 部屋の中を見渡すも、残念ながらミハイルやガストンのパーティーは見当たらない。女たらしのベイクの姿もないため、レオンは暇潰しとばかりに掲示板の前で足を止めた。

 張り出されている依頼は以前と代わり映えしない。強いて言うなら荷下ろしや護衛の依頼が多いだろうか。これは収穫期が大きな要因であることはレオンにも直ぐに理解できた。

 碌な依頼がないと知るや、レオンはつまらなそうに踵を返す。そのまま受付カウンターに足を運ぶとニナの前で足を止めた。


「お久し振りですレオンさん」

「久しいなニナ。何か目星い情報はないか?」

「目星い情報ですか……。獣人の国から攫われた村人が戻ったことはご存知でしょうか?奥様には数日前に伝えたのですが?」

「それは既に聞いている。他には何もないのか?」

「そうですね。大規模な盗賊狩りが行われたことは奥様に話しましたし……、後は――これはまだ未確定な情報なのですが、もしかしたら、獣人の国へ攻め込むのではと噂が流れておりまして――」


 ニナの言葉をレオンは口をぽかんと開けて聞いていた。

 レオンの予想ではアスタエル王国が動く可能性は限りなく低い。何故そんな噂が流れているのか不思議でならないのだ。


(どういう事だ……。村人を助けた時に砦を攻めるのは無謀だと忠告したはずだ。にも関わらず、レッドリストを攻めるだと?もしかしたら俺の言葉が信用されていないのか?まぁ、あの時の俺は仮面を着けてたし、見るからに怪しかったからなぁ……)


 火の無い所に煙は立たない、噂が流れる時点で何かしらの根拠があるはずだ。


「ニナ、何故そんなことになっているのだ?抑、勝ち目は薄いのではないか?」

「私も詳しくは……。ただ、数日前に獣人の国を偵察するため、王都から冒険者が送り込まれたそうです。それが国からの依頼らしく、もしかしたら、それが噂の原因ではないかと……」

「まったく、この国の王は何を考えているのだ。攫われた村人が帰ってきたのだ、それでよいではないか。要らぬ欲を出せば更なる犠牲が出るこというのに……」


 憤りを感じるレオンであったが、それとは対照的にニナは国王を擁護する。


「この国は長年の間、獣人たちに悩まされてきました。国王様はこの期に獣人の砦を落としたいのかもしれません。助け出された村人の話では、砦の地面や壁は至る所が血で染まっていたそうです。獣人にも少なくない被害が出ていると踏んだのではないでしょうか?それに、ベルカナンを包囲していた獣人も殲滅されています。獣人の兵力は大幅に減少しているはずです。しかも、今は収穫を終えたばかりで食料も豊富。これ以上の好機はないと私は思うのですが……」


(お前どこの軍師だよ!)


 レオンは心の内で突っ込みを入れながらニナに感心する。

 だが、一介の受付嬢が考えることを、国王やその家臣が思いつかないわけがない。確かに攻めるなら今が絶好の好機、これ以上ないタイミングである。

 冒険者を派遣したのも、獣人の現状をある程度知っておきたいからに他ならない。もしかしたら、助け出された村人が嘘を掴まされている恐れもある。それらを確認する意味も含まれるのだろう。

 だが、絶好の好機と言えども勝ち戦とは限らない。そこまでの危険を冒す必要があるのかレオンには疑問に思えた。


「確かに攻め込む条件は揃っているが、それでも勝てるとは限らないというのに……」

「レオンさん、勝つ必要はないんですよ。最初の砦を手中に収めることが重要なんです。そこさえ死守できれば、国境にある谷の中腹に砦を築くことができますから。もし獣人が建造を邪魔しようにも、砦を占拠した後では前後から挟撃されて返り討ちです。狭い谷間では逃げ場はないため殲滅は免れません。獣人も馬鹿ではないでしょうから、砦を落とされた後は谷へ侵入することもないでしょう。その間に仮設の砦を築いてベルカナンから魔導砲を移設、同時に占拠していた獣人の砦を放棄します。国境の谷間は真っ直ぐ伸びていますし、山を越えるのは不可能だと聞いています。魔導砲がある以上、仮設の砦と言えども落ちることはないでしょう。獣人は近づく前に魔導砲で燃やされますから。これで獣人が王国に侵入することはできなくなります。後は仮設の砦を時間を掛けて、しっかりとした砦に造り替えていけばいいんです」


 レオンは呆然としながら話を聞いていた。

 ギルドの受付嬢はこんなに戦略に長けるのかと視線を僅かに逸らす。だが話を聞いていた他の受付嬢は別人を見るような目でニナを凝視していた。

 どうやらニナは別格らしい……

 隣に座るエミーが、「あなた誰よ!ニナはもっと馬鹿な子よ!」と、肩を揺らしながら失礼なことを口走っている。レオンはその様子を興味深げに眺めていた。


(この軍師は幾ら払えば雇えるんだ?それとも諸葛亮なんちゃらみたいに三回会いに行かないと駄目なのか?いや、それだと既に条件を満たしているな。後はお願いするだけでいいんだろうか……。だが、それでは誠意が足りない気がする。やはり最後は金か!)


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