勧誘
「ニナ、私のところに来ないか?生活や身の安全の保証はする」
思いのほかレオンの声が大きいのか、ギルド内が水を打ったように静まり返った。
レオンの言葉を聞けば口説いているようにしか聞こえない。ニナが驚きの声を上げる一方で、その他大勢がレオンに白い目を向けている。一部の受付嬢はニナに羨望の眼差しを向けるが、ニナは困ったように愛想笑いを浮かべていた。
「あの、レオンさん?そういうのはちょっと困るんですけど……」
「困ることはないと思うのだが……。不自由な暮らしはさせないぞ?」
「お気持ちは有り難いのですが、そういう事ではないので……」
「支度金として金貨千枚用意する。勿論、毎月の給金も支払う。それでも駄目か?」
「……申し訳ございません」
「そうか、とても残念だ……」
レオンの所持金で出せるのは金貨千枚が限界。シリウスの金を使ってもいいが、税を減らしたことへの不安もある。徴税で足りない分を私財で補填する恐れもあるため、できればシリウスの金には手をつけたくないと言うのがレオンの本音だ。
ゲーム内通貨もあるが、この世界の金貨とは異なるため、そのままでは使用することができない。足が付かないように金のインゴットに加工する必要がある上、それを買い取ることのできる、信頼の置ける商人の存在が必要不可欠だ。
予想していたことだが、やはり優秀な人材を雇うためには大金がいる。
(流石に軍師を雇うとなると一筋縄では行かないな……。金貨千枚程度では話にもならないか……)
「ニナ、無理を言ってすまなかったな。だが、もし気が変わったら教えてくれ。私はいつでも待っているからな」
「気が変わることはないと思いますけど……」
ニナは困ったように眉尻を下げながら、愛想笑いを浮かべてみせた。
その一方で、隣ではエミーが有り得ないと瞳を見開いている。少なくともエミーの知るニナはお金に細かくとても煩い。千枚もの金貨を棒に振るような女性ではなかった。先程までの言動から、本当に別人ではと疑いの視線を向けている。
「金貨千枚よ!金貨千枚!ニナは金の亡者なのにおかしいわ!普段なら真っ先に飛び付いてるはずよ!やっぱりあなた偽物ね!お馬鹿なニナを返しなさいよ!」
「ちょっとエミー失礼なこと言わないで!金の亡者は酷いんじゃないの?それに私は馬鹿じゃないわよ!いつもどういう目で私のこと見てるのよ!」
エミーが暴言を捲し立てると、ニナも負けじと語気を強める。突如起こった痴話喧嘩に、カウンターの向こう側では大騒になっていた。
その様子を見た冒険者たちは、我関せずと肩を竦めて呆れたように眺めている。当事者であるはずのレオンも、いつの間にか巻き込まれまいと部屋の片隅に移っていた。
しばらく続くと思われた口論であったが、大声を出して落ち着いたのか、程なくしてカウンターの向こうも落ち着きを取り戻す。同僚のらしくない発言に、エミーはレオンに気付かれないよう、小声でニナに耳打ちをした。
「はぁ……、で?何でレオンさんのお誘いを断ったの?金貨千枚よ?贅沢し放題じゃない」
「レオンさんの話をちゃんと聞いていなかったの?毎月の給金も支払うって言ったのよ?それって第二夫人じゃなくて愛人ってことでしょ?確かにレオンさんは顔も悪くないし、偉そうにしてるけど優しい人よ。でも愛人はちょっとねぇ……」
「別にいいじゃない愛人くらい。それで一生遊んで暮らせるんだから」
「レオンさんの愛人よ?あのフィーアさんが許すと思う?バレたら間違いなく殺されるわよ」
それでエミーは、「ああ、なるほど……」と、相槌を打つ。確かにお金よりも命の方が大切だと……
大金を得ても命を失っては意味がない。フィーアは見るからに嫉妬深い、レオンと話しをしているだけでも、背筋が凍るような視線を向けてくる。
例え愛人ではなく第二夫人であっても、自由奔放なニナが一つ屋根の下で一緒に暮らせるはずもない。
「お金よりも命の方が大切よね」
「そうよ。命あってのお金だもの。レオンさんには悪いけど、一生愛人にはなれないわね」
二人は頷き合いながら確信していた。レオンの妻フィーアは、愛人を絶対に許さないだろうと。そして、第二夫人ですら命の危険があるのではないか?と……
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