侵攻㊹
レオンは仕方ないだろ?と、心の中で吐露する。
国名を知らなかったことは申し訳ないと思うが、これ以上この場に留まるのは気が引けたた。既に要件を済ませている上、必要なことは撫子に任せている。
これの場にいてもガルムたちの愚痴を聞かされるだけ。後は撫子に任せておけば問題はないだろうと、レオンは徐ろに立ち上がった。
「私は屋敷に帰る。撫子、後のことは任せたぞ」
「お任せ下さいませ」
撫子が三つ指をついて頭を深々と下げるのを見て、レオンは転移の魔法を発動させた。
消える間際にガルムたちの声が聞こえたが既に遅い。次の瞬間、レオンの瞳には見慣れた屋敷が映っていた。
振り返るとサラマンダーとバハムートが日向ぼっこをしながら昼寝をしている。その先の大通りからは荷馬車の音や人々の声が聞こえてくる。普段は人の寄り付かない静かな倉庫街であるが、つい数日前から収穫された小麦が大量に運び込まれ、大通りは活気で溢れていた。
しかもシリウスの領地は想像以上に広大であり、一ヶ月続の間は常に村から小麦が運び込まれるという。それを聞かされたレオンは、「どんだけ領地持ってんだよ!」と、内心突っ込みをいれたものだ。遠くの喧騒に耳を傾けていると、ついその時の事を思い出す。
(シリウスの領地は広いと聞いていたが、まさか城塞都市ベルカナンを含む東の一帯、その全てを治めているとはな。シリウスを操るアンナから情報を聞いた時には驚いたものだが、領地の広さは王国随一、しかも貴族の信頼が厚いときている。素行の悪いシリウスが貴族から尊敬されているとは、世も末とはよく言ったものだ。特権階級の貴族には甘いが、その一方で平民を蔑む典型的な貴族といったところか。今まで領民には重税を課していたようだし、街の住民が貴族を嫌うのも分かる気がする。今回は税を適正な割合にしたが、問題はそれがどういう影響を及ぼすかだ。税が足りずに領地の統治に支障をきたしても困るんだよなぁ……)
物思いに耽っていると、レオンの気配に気付いたヒュンフが背後に佇んでいた。
「お帰りなさいませレオン様」
「ヒュンフか、出迎えご苦労。私の留守中変わり無いか?」
「はっ、屋敷に近づく者は今のところおりません」
「そうか、では引き続き屋敷の警護に当たれ。私は冒険者ギルドに顔を出してくる。久しくミハイルやガストンにも会っていないからな」
「では直ぐにフィーアを呼んでまいります」
「そう言えばフィーアたちの出迎えがないのは珍しいな。何をしている?」
「敵が屋敷に侵入した際に備え、今は地下の
レオンは呆れたように肩を竦めた。地下には既にズィーベンの仕掛けた罠がある。
しかも、ヒュンフが常に屋敷の周囲を警戒し、庭にはサラマンダーも待機している。屋敷の中にも従者がいることから罠の必要性すら疑わしい。
だが、レオンは敢えて意を唱えようとはしなかった。どうせ何を言っても御身を守るためと実行するのだから……
「そうか、フィーアの邪魔をするのも悪いからな。私一人で冒険者ギルドに向かうとしよう」
「お、お待ちください!お一人では危険でございます」
「心配はいらん。私の力はお前もよく知っているだろ?それに屋敷には戦えぬ者がいることを忘れるな。それとも、私が帰る場所を守るのは退屈か?」
「そ、そのようなことはございません。勅命しかと承りました」
レオンは「うむ」と、鷹揚に頷き返すと、踵を返して屋敷を後にした。
大通りには荷馬車が列を成し、屈強な男たちが小麦を担いで倉庫に運び入れている。そこかしこから穫りたての小麦の匂いが漂い、商人と思しき男が小麦を買い取る様子も見受けられる。普段は中々目にすることのない光景に、レオンは退屈することなく倉庫街を抜けていた。
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