侵攻㊸

 後は撫子に丸投げでいいか。レオンがそんなことを考えていると、ガルムは腑に落ちないことがあるのか訝しげに口を開いた。


「ところでレオン。この街の名前は何て言うんだ?」

「街の名前?そう言われると考えていなかったな」

「考えてないってお前……。普通は真っ先に考えるだろ?この街に誰かを呼ぶ時に何て伝えるつもりだ。名前がないのは不便だろ?」

「確かにそうか……」


 レオンは脇息に肘をついて暫しの間、黙考する。

 だが、街の名前を考え様にも直ぐに思い浮かばない。この街があるのは草原のど真ん中、そのことからレオンは草原に関する言葉を頭の中に並べていった。その中から街の名前に適した言葉を拾い上げる。自分で名前を考えるよりも、既にある言葉で名前を付けた方が確実である。


「よし、街の名はグラスランドにしよう。グラスランドは草原を意味する名だ。草原の中にある街としては相応しい名だろ?」

「うむ。では我らも、この街をグラスランドと呼ばせてもらうぞ」

「それとガルム。グラスランドは独立国家のようなものだ。如何にお前たちでも干渉することは許さんからな」

「分かっている。この土地はお前に譲ったものだ。我らはこの街、グラスランドに干渉するつもりはない」

「それは何より。だが、念のため友好条約でも結んでおくか……。口約束では些か不安もある。この街の住民に危害を加えられても困るからな」


 そこでレオンは壁際で正座をする撫子に視線を向けた。

 友好条約と言っても、レオンに詳細な内容を考えるだけの頭はない。例のごとく優秀な従者に丸投げである。


「撫子、条約のことはお前に一任する。ガルムらと協議を行い、より良い友好条約を締結せよ」

「畏まりました。グラスランドとレッドリストの友好条約、速やかに締結いたします」


 撫子の返事を聞いたレオンは聞き慣れない言葉に、「レッドリスト?」と、首を傾げた。

 すると撫子がレオンの様子を察して補足説明を始める。何も言わずとも阿吽の呼吸で察する撫子に、隣に座る妖狐が感心するように見入っていた。


「レオン様。レッドリストは獣人の国の国名でございます」

「国名?そんなものがあったのか?アスタエル王国では獣人の国としか聞いていなかったが……」


 それを聞いた三人の王はムッと顔を顰めた。

 攻め込んだ国の名も知らぬのは失礼ではないのか。と……

 だが、これはレオンが悪いわけではない。アスタエル王国の住民たちが揃って口をつぐんだからだ。アスタエル王国では獣人を忌み嫌う意味でも、その国名を口にせず、獣人の国、若しくは魔物の国と言うのが昔からの習わしである。レオンが聞かされていないのは必然とも言えた。


(それにしても絶滅危惧種レッドリストか……。随分と縁起の悪い国名だな。今すぐにでも変えた方がいいんじゃないのか?)


 レオンは苦笑しながら視線を戻すと、ムっとした三人の顔が視界に入る。

 よほど腹に据えかねたのだろう。ガルムたちはレオンと視線が合うや否や次々と不満を口にした。


「レオンよ。我らが国の名を知らぬとはどういうことだ。あんまりではないのか?」

「ガルムの言う通りだぞ?お前が常識外れなのは知っているが、まさか攻め込んだ国の名も知らぬとは……」

「儂もこれは酷いと思うぞ?お前との戦いで大勢の戦士が亡くなったというのに……」


(えっ……。そんなこと言われても困るんだが……。だって誰も国名を教えてくれなかったし……)


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