侵攻㊵

 翌日の昼下がり、撫子は天守閣の大広間に入ると、レオンの目の前に座して深々と頭を下げた。


「レオン様、獣人たちの移送が終わりました」

「うむ、ご苦労であった。移送は私が行ってもよかったのだがな」

「レオン様がお手をわずらわせるようなことではございません。そのような些事は私たちにお任せ下さい」

「そうか……」


 本来であればレオンが獣人の移送を行うはずであった。

 だが、侵入者が潜んでいる恐れもあり、安全面から好ましくないと撫子に言われては、レオンも引かざるを得なかった。

 街には霞とフレッドを忍ばせているが、牧場の方には配下の妖怪を一人置いているだけ、敵の潜伏を考慮するなら、レオンを牧場に行かせるわけには行かなかったのだ。

 草食系の獣人を譲り受けたレオンであったが、接する機会が少ないため、こんな筈ではと肩を落として嘆いていた。


(おかしい……。予定では既に獣人たちと仲良くなっているはずなんだが、仲良くどころか全く会うことができないとは……。それもこれもツヴァイが衛生面がどうのと言い出すからだ。ダニやノミが居るかもしれないとか失礼だろ?俺はそんなことを気にしないというのに……)


「撫子、移住した獣人たちの衛生面には気を使うようにな」

「お任せ下さい。新たな住居にはお風呂も備え付けております。毎日入るように教育も行いますので問題ございません。それにそこまで気を使わなくとも、今のままでも獣人たちは、みな毎日体を拭いて綺麗にしております」

「私も獣人が汚いとは微塵も思っていない。だが……」


 そこまで聞いて撫子は困ったように眉尻を下げる。

 頭に思い浮かんだのはツヴァイが呟いていた言葉。それは、「汚らしい。きっと毛の中にはダニやノミがいるに違いない。なんでレオン様は獣人なんかのために街を――」、そんな心無い言葉である。

 それを聞いていた撫子は言い過ぎではと思っていたが、相手はレオンに創り出されたナンバーズの一人。意を唱えることもできず、その場をやり過ごすことしかできなかったのだ。


「ツヴァイ様でございますか?」

「うむ。ツヴァイは綺麗好きなせいか、牛族や羊族に生える手足の毛を嫌悪していてな」


 レオンはそこまで話してはっとなる。思い返せばツヴァイをそう創ったのは自分だと。


(確かツヴァイを創る際、綺麗好きという設定も入れていたはずだ。もしかして潔癖症なのか?それなら毛深い生き物が嫌いなのも何となく頷けるな。それに綺麗好きだから砦を綺麗に消そうとしたのかもしれない。色々駄目な感じになっているのはそのせいか?だとしたらもう救いようがないな……)


 黙考しながら一人で頷くレオンに、撫子が首を傾げて見つめていた。


「レオン様、どうかなされたのですか?」

「ん?いや、何でもない。取り敢えずツヴァイにはこちらに来ないようにさせるが、それでも獣人たちの衛生面には気をつけて欲しい」

「重々肝に銘じておきます」

「頼むぞ。それでガルムたちはまだか?」

「私が天守閣に上って来た時には八十階のところにおりました。もう徐々そろそろこちらに到着すると思われます」

「は、八十階か、そうか……。では今しばらく待つとするか……」


(ミスったな……。ここは地上百階、俺は転移の魔法を使うから気にもとめていなかったが、普通に階段を上るのは重労働だろ……。今度からは一階で会うようにしないとな)


 レオンが申し訳なさそうに顔を伏せていると、一人の女性が大広間の入口で頭を下げているのが視界に入った。いま街にいるのは、その殆どが獣人と妖怪。やはりその女性も見るからに人間ではない。

 妙齢の女性は金色の長い髪をなびかせながら顔を上げた。同時に頭部から出る黄金色の狐耳が、ピクリと動いてレオンの方に向き直る。

 着崩した朱色の着物からは大きな胸を覗かせており、背後ではふさふさの長い尻尾がわさわさと動いている。

 その正体は白面金毛九尾の狐。九つの尻尾を生やした女性は、にこやかな笑みをレオンに見せていた。


「レオン様、お客様をお連れいたしました」

「妖狐か、案内ご苦労だったな。大広間に通してくれ」

「畏まりました」


 獣人の王が大広間に入ると、撫子は壁際に座り直し、その隣に妖狐が腰を下ろす。

 レオンの前にはガルムとヴァン、新たな熊族の王がドカっと胡座あぐらをかいて座り、複雑な表情でレオンを見ていた。


「久し振りだな、ガルム、ヴァン。それとそちらはドンの息子でよいのかな?」


 真っ黒な体毛の熊族の男は、握った両手の拳を畳につけて僅かに頭を下げた。


「お初にお目にかかるレオン殿。儂はドン・バグベアの嫡男、オルサ・バグベアと申す」

「私のことは既に知っているようだな。これからよろしくな、オルサ。それとお前の父であるドンは、命の尽きる最後まで残された同胞の未来を思っていたぞ。実に見事な最後であった」

「そうか……、それだけ聞ければ儂は十分だ」


 オルサは牙を見せて笑みを浮かべる。

 もしかしたらドンのことを思い浮かべているのかもしれない。口元は凶悪であるが、そのつぶらな瞳には涙が浮かんでいるように見えた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る