侵攻㊶

 思い出に浸るオルサであったが、二人の会話にヴァンが水を差す。おろしたての畳の匂いが気になるのか、鼻を鳴らして怪訝そうに顔を顰めていた。


「オルサの旦那、思い出話は後にしてもらって構わないか?」

「ああ、すまんなヴァン」

「レオン、一つ聞きたいがどうやってこの街を――建物を一週間で作り上げた?常識じゃあ有り得んだろ?」

「以前にも伝えたろ?私の知り合いに頭のおかしな大工がいると。まぁ、この城は予想外だったがな」


 ヴァンは大広間を観察する。

 壁や天井は全てが真新しく傷は疎か汚れ一つない。畳からはイグサの強い香りが漂い、作られてから然程時間が経っていないことを物語っている。ずっと以前から時間を掛けて建てられたという感じではない。レオンの言う大工とやらが、一週間そこらで本当に建てたのは疑う余地がなかった。尤も、その大工と言うのもレオンの配下であろうことは想像に容易いが――

 普通であれば絶対に不可能なことでも、目の前にいる化け物――レオン――はこともなげにやってのける。人外の存在なのは分かっていたことだが、こんな巨大な建造物も作れてしまうのかとヴァンは嘆息した。


「はぁ……。頭のおかしな大工か何かは知らんが、ここまで上ってくる身にもなってくれよ……」

「すまんな。今度からは一階で話をするよう気をつける。そう不貞腐れるな」


 苦笑いを浮かべるレオンであるが、獣人の王たちはとても笑える雰囲気ではない。

 目の前の男を敵に回すことの愚かしさを改めて再認識させられていた。砦を一瞬で壊し、街を瞬く間に築き上げる。それは神の御技と言っても過言ではない。

 ガルムは降伏を選んだことを――戦いを回避できたことを本当に良かったと思い返していた。もし戦いが継続されていたなら今頃は……

 ガルムは最悪の状況を思い浮かべ、何があってもレオンを敵に回すまいと心に刻み込む。それはガルムだけではなくヴァンやオルサも同じであった。寧ろ庇護下に入った方が良いだろうと……


「レオン、急に俺たちを呼んだ要件は何だ?この城を――街を見せるためか?」

「ガルムよ、それは少し違っている。確かに街を作ったことを知らせる意味も含まれるが、本題はそこではない。実は少し困ったことがあってな……」


 困ったこと……。目の前の化け物が困ることを、ガルムたちがどうにかできるわけもない。

 三人の王は互いの顔を見ては溜息を漏らす。どんな無理難題を言い出すのか分からないが、正直迷惑この上ないことだ。

 

「レオン、お前が困ることを俺たちがどうにかできると思うのか?」

「安心しろガルム。お前たちには直接関係のないことだ。だが、もしかしたらお前たちも命を狙われる恐れもある」

「命を狙われるだと?どういうことだ。もっと詳しく教えてくれ」

「うむ。実は昨日、この国に仮面を着けた男が侵入してな。その男がもしかしたらお前たちを襲う可能性があるのだ。今は相手に敵対する意思はないようだが、いつ心変わりをしないとも限らんからな」

「仮面を着けた男か……。そいつは強いのか?」

「強い、今のお前たちでは束になっても太刀打ちできないほどにな。だからお前たちに力を与える。国を束ねる王に簡単に死なれては私が困るのだ」


 レオンが強いと言い切る相手。その力は如何程のものか――三人の王は不安に駆られて僅かに顔を伏せた。だが、それ以上に興味を引かれたのは力を与えるという意味深な言葉。それを聞いたガルムたちは即座に武具を連想する。

 神話に語り継がれるような剣はドラゴンの鱗をも両断し、加護を受けた鎧はドラゴンの牙をも跳ね除ける。常識から逸脱するレオンであれば、そんな伝説の武具を持っていても何ら不思議ではない。

 三人の王は興味津々とばかりにレオンに視線を向けていた。神話や御伽噺に出るような、そんな武具を貰うことができるのかと……

 だが、レオンの手元に現れたのは古ぼけた一冊の本。期待外れの品に三人の王は険しい顔をするも、レオンは構わずそのアイテムを突き出した。


「では使用するぞ?」


 レオンの言葉を聞いたガルムはオウム返しのように復唱する。「使用する?」、レオンの手はこちらを向き、自分が何かをされるのは疑いようがない。ガルムは訳も分からぬ状況で必死に考える。

 使用する?何を?そんなものは決まっている。レオンが手に持っている本しかない。

 ガルムは不思議と嫌な予感はしなかった。だが、何をするのかくらいは教えてもらいたいものである。ガルムが異を唱えようと、「ちょっと待て――」、声を出した時には既に遅かった。

 本が開くと同時にページが捲られ、それは数秒の後に完了していた。バン!と、音を立てて閉じられた本は、空気に溶け込むように消えている。

 ヴァンとオルサは何が起きたの全く分からない。ただ一人、ガルムのみが自分の体の変化に気付いていた。拳を強く握り締めると瞳を見開き戦慄いている。

 その様子にレオンは安堵の溜息を小さく漏らした。


(ガルムの様子を見る限りでは戦闘教本の効果はあるようだな。いま使ったのは戦闘教本・上級、膨大な量の経験値を得ることのできるアイテム。もしレベル1の相手なら、レベル70まで上がるはず。二冊目でレベル90、三冊目でレベル100になるはずだ。そう考えると、後半のレベル上げに必要な経験値は相当だな。ゲームの時には阿呆みたいに経験値が手に入ったが、この世界では普通に努力しても、レベル100なんて絶対に無理なんじゃないのか?まぁ、取り敢えずガルムはレベル70以上になったわけだし、相手がレベル80なら自力で逃げることはできるだろ。安全策を取るなら、もう一冊教本を使ってもいいんだが……。いや、甘やかすのも良くないな。それに能力が向上しても、技術が伴わなければ意味がない。しばらくは誰かを付けて訓練をさせるか……)


 最初は戦闘教本・極でガルムたちのレベルを最大まで上げようと思っていたレオンであったが、そこである疑問に思い当たる。ガルムたちの上限レベルは本当に100なのか?と。

 もし、この世界の住民たちの上限レベルが三桁を超えるとしたら……

 それを考慮したレオンは戦闘教本・極の使用を避けることにした。自分たちの驚異となりうる存在を態々作る馬鹿はいない。

 絶対的な力を持っているからこそ、大切な者たちを守ることができるのだから……



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