侵攻㊲

 レオンはヒュンフが座るのを見て小さく溜息を漏らす。


「ふぅ、で?なぜ凶殺が失敗した?」

「鈴音の話では手応えがなかったと。分身の可能性が高いそうですじゃ」

「忍びのスキルか……。霞と同様、暗殺特化の隠密と見るべきだな。それで?相手はお前たちを攻撃しなかったのか?」

「攻撃はしませなんだが、男は儂や鈴音のことを知っておりましてのう。プレイヤー、若しくはその従者であることは間違いないと思うのじゃ」

「ふむ……」


(攻撃はしてこないか……。敵対する意思はないのだろうな。初めから敵対するつもりなら、相手の実力を測る意味でも分身で攻撃を仕掛けていたはずだ。そうしなかったと言うことは、少なくとも今は敵対するつもりはないということ。抑、他のギルドの奴が、初対面で翁の質問に答えるわけがない。敵に回るかもしれない相手に情報を教える馬鹿はいない。でもそう考えると、プレイヤーを見つけても友好関係を結ぶには時間が掛かりそうだ。それに気になるのは、相手が何処までこちらの情報を掴んでいるかだ。少なくとも翁と鈴音のことは知られている。翁の質問からバトルガーデンに所属していたことも知られた。他にも情報を握られているかもしれない……)


 懸念すべきはずっと以前から監視されていたかもしれないということ。

 相手が忍びのスキルを使えるのであれば、イビルバットの超音波器官エコーロケーションパルスをすり抜けることも考えられた。

 もしそうであるなら、ずっと以前から監視されていた恐れもある。


「ヒュンフ、相手がお前と同じ隠密タイプであったとして、もし私のことを監視していたとしたら気付くことができるか?」

「できます。目視できる距離まで接近しているのであれば、私が必ず気付いております」


 ヒュンフは断言する。それは自らの能力に絶対の自信を持っているからだ。

 それはヒュンフだけではない。もしこの場にノワールや霞、フレッドがいたら同じように断言していたはずだ。

 例え相手が気配を絶っていたとしても、移動をしながら完全に気配を絶つことはできない。僅かな気配や違和感から、隠れた相手を見つけ出す自信がヒュンフにはあった。


「そうか、では相手に私のことは伝わっていないな」

「お言葉ですがレオン様、獣人の口からレオン様の情報が漏れるのは時間の問題かと」


 安心したのも束の間、レオンはヒュンフの言葉ではっとなる。

 既に多くの獣人がレオンのことを知っている。それだけではない、ツヴァイの存在や魔法のことも。付け加えるならサラマンダーも知られている。

 獣人の国で派手に暴れたレオンたち。そして、同じく獣人の国で出くわした翁たち。相手から見れば、この二つを関連付けるには十分ではなかろうか。


(しまった……。獣人の多くが俺のことを知っている。例え箝口令かんこうれいを敷いても、支配の魔法で簡単に情報が漏れてしまう。いや、あれだけ派手に暴れたんだ。もう既に俺のことは知られていると見るべきだ。ゆたんぽのことも知られているに違いない、アスタエル王国で俺は有名らしいからな。メチルの街にある屋敷が見つかるのも時間の問題か……)


 多くの情報を渡す結果になったが、まだ相手が敵対すると決まったわけではない。相手の居場所が分からない以上、レオンにはどうすることもできないのが現状である。

 後は相手次第、友好的に接してくるのか、それとも敵対するのか、どちらにせよレオンは後手に回る羽目になった。

 

「今更どうにもできんな。後は相手の出方に合わせて動くしかないだろ」


 従者が頷くのを見てレオンは鈴音に視線を移した。

 鈴音の呪いは絶対の威力を誇るが万能ではない。呪いの使用には危険リスクが伴う、「鈴音は使い辛い」とは、ギルマスのコタツの言葉だ。


「鈴音、体の方は大丈夫か?凶殺で命を使ったのだろう?」

「問題ない、私の命は九つある。凶殺で使った命は三つ。それに二十四時間で命は一つ回復する。三日で元通り」


 鈴音は無表情のまま抑揚のない声でそう告げた。

 命の回復に三日、確かに使い辛い。コタツがぼやいていたのも当然である。

 鈴音は自らの命と引き換えに様々な呪いを行使できる。失う命の数が多ければ多いほど強力な呪いを行使できるのだが、命の回復に何日も掛かることもあり、強力な呪いはおいそれと使用することができないのだ。

 特に最悪なのが呪いで命を全て失うこと。そうなった場合、再復活リスポーンまでに丸一日を要してしまう。

 そのためレオンも釘を刺す。


「だが無理はするなよ。命を全て使うことは絶対に許さんからな。呪いで命を全て失った場合、魔法やアイテムで蘇生ができなくなる。本来であれば、命が一つ回復した状態で二十四時間後に再復活リスポーンされるが、この世界では再復活リスポーンするのかも不明だ。最悪そのまま消える恐れもあるからな」

「十分気をつける」

 

 鈴音は二本の尻尾を揺らしながら頷き返す。その様は何処か楽しそうに見えた。






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