侵攻㊱

 緊急の知らせを受け、レオンはヒュンフを伴い撫子の下へとやってきた。

 レオンは城の天守閣に上ると、完成したばかりの街を見下ろし眉間に皺を寄せる。目の前にあるのは碁盤の目のような広い大通り、綺麗に区画された街並みは見事の一言に尽きる。

 ではレオンは何に懸念しているのか?それは……


「ああ、撫子よ。一つ聞きたいことがある。この城は何故これ程までに高いのだ?」


 レオンはそう言いながら踵を返し、艶やかな着物を着た女性に視線を移していた。

 その女性の名は撫子、ぬらりひょんの娘であり妖怪の長。

 年の頃は二十歳より少し前だろうか。長い黒髪に黒い瞳は、古式ゆかしい日本の女性を彷彿とさせている。黒地の着物には赤の唐草模様が刺繍されており、赤紫の帯には金糸で菊の刺繍が施されていた。

 控えめな胸元に短刀ドスを忍ばせていなければ、どこから見ても大和撫子である。 

 レオンに尋ねられた撫子も、この城には思う事があるのだろう。少し顔を伏せては表情に影を落としている。 

 天守閣は地上百階、高さにすると四百メートル以上もある。普通の木造建築ではありえないことだが、頭のおかしなおっさんのスキルで、木の柱は鋼鉄の強度を遥かに凌いでいた。

 結果、地上百階という馬鹿げた木造の城が造れてしまったのだろう。だが、何故それを許したのかレオンには分からなかった。少なくとも常識ある撫子は、こんな馬鹿げた城を造る子ではないのだから……


「申し訳ございません。私もこのお城はどうかと思うのですが、アインス様が……」

「アインスがどうかしたのか?」

「その……、一度アインス様にどのような街を作るのか聞かれましたので、城下町を作ることをお伝えしたのです。その時にお城のことも聞かれましたので、五階建てのお城を作ることを、お伝えしたのですが……」

「……ああ、その、あれか?アインスが五階は低すぎると言ってきたのか?」

「はい。この馬鹿者がと……。お前たちはプレイヤーを誘き寄せる餌なのだから、もっと目立つように、最低でも百階の高さは必要だと……」


 それを聞いたレオンは居た堪れなくなる。自分の創った従者が常識外れで申し訳ないと……


(俺の創った従者は阿呆しかいないのか?もしかして阿呆な俺が創ったから全員阿呆なのか?それだと俺が悪いことになるな。一概にアインスを責めるわけにもいかないじゃないか……)


「……ああ、なんだ。撫子は悪くないぞ?私も怒っているわけではないのだ。ほんの少しだけ、本当に僅かに城が高いかな?そう思っただけだからな。それに高い城は見晴らしが良くて中々よいではないか」

「レオン様、お気遣いありがとうございます」

「うむ。無駄話が過ぎたな。翁と鈴音のところに案内してくれ。直接話を聞きたい」

「畏まりました」


 レオンは撫子の案内で天守閣の中にある大広間に通された。

 畳敷きの大広間は上段の間が一段高くなっており、下段の間では翁と鈴音が正座をしながらレオンの到着を待っていた。上段の間の中央には、金糸、銀糸で彩られた豪奢な座布団と脇息きょうそく――肘置き――が置かれ、それを見たレオンは思わず顔を顰める。


(阿呆な俺があそこに座ったら、バカ殿様になるんじゃないのか?)


 ヒュンフは壁際に控え、撫子は翁の隣に正座する。

 レオンは嫌々ながらも尊大な態度でドカっと座布団に腰を落とし、脇息に肘を置いた。同時に皆が一斉に頭を下げる。

 しかし、従者たちは一向に頭を上げる気配がない。いつまでも頭を下げ続ける従者にレオンは渋い顔を見せた。


(もしかしてあれを言わなければいけないのか?時代劇によくあるあの言葉を……)


「おもてをあげよ」

「「「はっ!」」」


 しかし、何時まで経っても顔を上げる者は誰もいない。レオンは首を傾げて、もう一度同じ言葉を繰り返す。


「おもてをあげよ」


 撫子たちは一糸乱れぬ動きで同時に頭をすぅっと上げた。このことからも、二度目で頭を上げるのが礼儀なのだろう。だが、レオンの感覚で言えば面倒なことこの上ない。


「撫子、今度からは一度目で頭を上げることを許す。時間の無駄だ。みなにもそう伝えよ」

「畏まりました」


 撫子は頭を下げる。その所作は洗練され、お辞儀一つとっても気品がある。

 だが、いつまでも見とれてはいられない。撫子からの情報が確かであれば、敵対するプレイヤーが近くにいる恐れがある。


「翁、お前が見つけた男とはどのような風貌なのだ?」

「それが黒いマントを羽織り、真っ白な仮面を着けておりましてのう。顔までは分かりませなんだ」

「ふむ、白い仮面か……」


 その仮面にはレオンも心当たりがある。

 無地の真っ白な仮面はゲーム内でも売られていた。レオンも攫われた村人を逃がすときに使用していたが、同じものである可能性は非常に高いと思われた。


「その男とのやり取りを教えろ。相手を攻撃した経緯も知りたい」

「そうじゃのう、先ず最初に儂が男を見つけましてのう。男は儂の呼びかけには答えず姿を現そうとしませなんだ。そこで儂は軽く錫杖を突き、影に隠れとる男を出したのですじゃ。それから儂は名を尋ねたんじゃが男は答えず、バトルガーデンのことを尋ねても答えず、男はこちらの様子を覗うばかりでのう。そこで仕方なしと、鈴音に凶殺を使わせたんじゃが、これが見事に失敗してしもうた」


 「かっかっかっ」と、高笑いを上げる翁に、ヒュンフは鋭い視線を向ける。その物言いと不遜な態度にヒュンフが立ち上がるのを見て、レオンは即座にヒュンフを静止させた。


「よせ!翁の性格や口調は創られたもの。私に対する忠誠心に偽りはない」


 ヒュンフもそれは理解している。そして翁の忠誠心に曇りがないことも。

 だが目の前で不遜な態度をとられていい気がしないのも事実である。ヒュンフは最後に翁を一睨みしてから渋々正座をし直した。

 尤も、翁はヒュンフの殺気を受けてもどこ吹く風である。これは翁に他意があってのことではない、そう創られているから仕方ないのだ。


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