侵攻㉞

 その場で全ての肉を食べると思いきや、ガルムとヴァンは一切れの肉を食べると、供回りの獣人にも同じように一切れだけ肉を与えるて食べるのをやめてしまった。

 巨大な肉の塊は未だ目の前にあり、他の獣人たちも食べたそうに眺めている。にも関わらず、肉はレオンに同行した獣人にしか与えていない。


「なんだもう食べないのか?ガルム、他の者にも振舞ったらどうだ?」

「これは牧場までの案内の礼だろ?ならばお前に同行した者に与えるべきだ。それに、これだけの肉なら褒美としての価値も十分にあるからな。干し肉にして大切に保存する」

「褒美か……、変わった褒美だな」

「そんなことはないだろ?人間も希少な食材を褒美として渡すと聞いてるぞ?」

「希少な食材か。まぁ、そういう事もあるかもしれないが……」

「レオンよ、この肉を熊族にも分け与えてよいか?」

「それはもうお前たちの肉だ。好きにして構わん」

「そうか、感謝する。今回の戦いでは多くの犠牲が出た。亡くなった兵士たちの家族に分け与えようと思う」


(命と引き換えに干し肉か、どう考えても割に合わないだろ……。これも価値観の相違か……。それに、獣人を殺しまくった俺の言えたことじゃないよな)


 レオンはインベントリから更に肉を取り出した。巨大な肉の塊は壁を作るように次々と城の前に出現する。

 獣人たちが口をぽかんと開けて驚く中、レオンはガルムとヴァンに視線を移す。


「肉の塊は全部で二十ある。遺族に渡すのであればこれくらいは必要だろ?」

「これを全部我々に?」

「いや、その前にどっから出した?これも転移というやつか?」

「まぁ、そんなところだな。この肉は亡くなった獣人への手向たむけだ。殺してきた私が送るのもおかしな話だが、どうか受け取って欲しい」


 ガルムとヴァンは顔を見合わせ互いに頷き合う。亡くなった者への手向けであれば、受け取らない訳にはいかないな。と……


「レオン、いやレオン殿、この肉は有り難く頂戴する。亡くなった同胞の家族に渡すことを約束しよう」

「俺もだ。お前からの手向けだということも伝えておこう」

「うむ、そうしてくれ。では私はそろそろ屋敷に戻る。陽も落ちかけているし、新たな街のことも考えねばならん。それに、ゆたんぽも食事が終わったようだしな。ガルム、ヴァン、牧場のことはもうしばらく任せるぞ」

「分かった。任せておけ」

「俺たちが守るんだ。安心しろ」


 レオンは頷き返すとツヴァイとヒュンフを伴いサラマンダーへと歩み寄る。


「帰るぞゆたんぽ」


 そう言って消え行くレオンらを見送り、ガルムとヴァンは近くの配下に檄を飛ばした。

 肉の塊は全部で二十一個、流石にこのままでは腐ってしまう。手早く干し肉へと加工しなければ折角のドラゴンの肉が台無しである。


「荷車を用意しろ!城の中へ肉を運び込むのだ!」

「全て干し肉に加工するぞ!亡くなった同胞への手向けの肉だ!街中の職人を呼んで来い!」


 ガルムとヴァンの言葉を受けて獣人たちは走り出す。

 亡くなった同胞への手向けの肉、そう聞かされては摘み食いもできなかった。命を落とした獣人の数は想像を絶し、その遺族の数も計り知れない。目の前には大量の肉があるが、一人に行き渡る量はそう多くない。

 そんな中で、死者へ、引いては死者の家族へ贈られる品を横取りなどできるだろうか……

 獣人たちは黙々と作業を進める。亡くなった同胞へ、哀悼の意を捧げながら……











「さて、お前たちを呼んだのは他でもない。獣人の国に新たな街を作るのだが、そこを管理する者が必要になる。そこでお前たちの中から管理者を選びたいと思うのだが――」


 レオンは拠点の一室にナンバーズを呼び集めると、開口一番そう切り出し、従者の顔色を覗っていた。

 牛族、豚族、羊族、その全てを合わせると、数は全部で二千五百にもなる。レオンとしては、管理者は少なくとも三人は欲しいところではあるが、みな視線を逸らして目を合わせようとはしなかった。

 それもその筈、主から遠く離れた地に追いやられるのだ。会社で言えば左遷のようなもの。街の管理者になりたいと思うものが、この場に居ようはずもない。

 

「みな気乗りしない様子だな。街の管理には三、四人欲しいところだが……」


 視線を合わせようとしないナンバーズに、レオンは困ったように眉尻を下げる。

 一人だけアインスが視線を合わせてくれるが、それは自分が選ばれることはないと絶対の自信を持っているからだ。

 アインスはこの拠点の要、おいそれと移動ができないのは、レオンもよく分かっていることである。


「私は拠点の管理がありますのでそれは難しいかと」

「アインスはそうだな。フィーアも私の妻ということになっているので除外する」

「ではツヴァイはどうでしょうか?」

「ふむ。ツヴァイか……」

「レオン様、私などよりアハトは如何でしょうか?屋敷の管理をしているのですから街の管理もお手の物でしょう」

「残念だが私はレオン様の身の回りのお世話をしなくてはならない。街の管理ならノインが適任だと思うが?」

「私は無理ですよ。メアリーちゃんに教えなくてはいけないことが沢山あります。それに誰がレオン様のお食事を作るんですか?私よりもドライさんやゼクスさんでいいじゃないですか」

「ドライと私は拠点防衛の要だ。拠点を離れることはできん。私よりも――」


 従者たちは互いに牽制し合うように、次から次へと話をたらい回しにする。

 議論は徐々に白熱するも、話は一向に纏まる気配はなく、不穏な空気が流れ始めた。


「はぁ、このままでは埒が明かないわね。レオン様、ここは他の従者に任せては如何でしょうか?」

「アインス、他の従者とはこの場に居ない従者のことか?」

「その通りでございます」

「だが課金従者は――」

「レオン様、未だ他のプレイヤーの存在は確認できず、フィーアも目星い情報は得られておりません。いっそ課金従者たちを囮に使い、プレイヤーを誘き寄せる餌としては如何でしょうか」

「餌か……」


(確かにプレイヤーと思しき情報は何も掴めていない。このままでは埒が明かないのも事実だ。だが、果たして課金従者を動かしてもいいのだろうか……)


 レオンはじっと考えるも、足りない頭で幾ら考えようが明確な答えなど出るわけもなかった。

 アインスも自分の意見に絶対の自身があるわけではない。ただ、行動を起こさなければ変化はないと感じてはいた。それ故の発言である。


「……分かった。アインスの意見を是とする。街の管理者には撫子なでしこと、その配下を任命しよう。あの妖怪軍団であれば、戦力的にも申し分ないだろうからな」

「十人全員でございますか?過剰戦力ではないでしょうか?」

「何が起こるか分からん。それに戦闘になった時、街を守りながらでは人数を要するはずだ」

「レオン様がそのように仰るのであれば、私には何も言うことはございません」

「うむ、それとズィーベン。どのような街を作るかは撫子に一任する。お前は撫子の指示に従い街を作るのだ」

「畏まりました」


 恭しく頭を下げるズィーベンを見て、レオンは屋敷でのことを思い出し苦笑いを浮かべていた。


(これで屋敷のようなことはないだろう。ズィーベンが好き勝手に作るとダンジョンが出来るからな)


 今は地下百回の寝室にも慣れたが、どう考えてもあれはやり過ぎである。

 しかも転移の魔法以外での侵入はほぼ不可能、ダンジョンとしてはこの上なく素晴らしいのかも知れないが、寝室としては問題があるとしか言い様がない。

 お陰で屋敷ではレオンの寝室への来訪者は未だゼロである。拠点では従者が遊びに来て良い雰囲気になることも何度かあったが、屋敷では何かを期待させるようなことは皆無であった。

 撫子はレオンの知る限り真っ当な思考の持ち主。ダンジョンを作るような馬鹿な真似は絶対にしないと確信を持って言えた。

 そう言えるのも、撫子とは二人だけで話をしたこともあり、その人となりを知っているからだ。

 尤も、親し気に話をするだけで、それ以上の進展は全くないのだが……


「アインス、撫子たち妖怪を呼び集めろ。今後のことを伝えねばならん」

「畏まりました。少々お待ちください」


 アインスが通話をするのを横目で確認しながら、レオンは久しく見ない妖怪たちを心待ちにしていた。


(撫子に会うのも久し振りか……。妖怪には可愛い子も多いし、会うのが少し楽しみだな)


 レオンは撫子の姿を思い浮かべながら、彼女の来るまでの時間を楽しむように待っていた。そんなレオンの様子を察知してか、程なくして部屋の扉が開かれると、アインスらは部屋に入る撫子に嫉妬混じりの視線を向けるのであった。



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