侵攻㉜

 程なくしてガルムが動けるようになると、牛族に会うべくレオンらは牧場の中に足を踏み入れた。

 牧場の中は何処にでもある村と何ら変わりない。木で造られた家屋が幾つも並び、長閑のどかな村の風景がレオンの視界に飛び込んでくる。僅かに違うのは村の中に広大な畑があること。

 遠くの畑では牛族の男が畑仕事にいそしみ、ガルムらに気付くと僅かに首を傾げていた。だが珍しいことでないのだろう、然程気にすることもなく畑仕事に戻っている。

 その様子を見てレオンはガルムに視線を向ける。男の仕草から、ガルムやヴァンを見たのは初めてとは思えない。レオンはそれが少し気になっていた。


「ガルム、お前たちも牧場に来たりするのか?」

「当然だ。我々にとっては建国の祭りに欠かせない貴重な食材だからな。定期的に牧場の様子を見に来ている。この牧場を維持するのも王としての大切な努めだ」


 レオンは話を聞いて顔を伏せた。

 ガルムの言うことが確かなら、この牧場を手放すのはガルムやヴァンにとって苦渋の決断だったに違いない。王としての務めを放棄するのだ、少なからず葛藤もあったであろう。

 だが二人に選択肢がなかったことはレオンでも分かる。そうしなければ肝心要の国が滅んでしまうのだから……

 

(ガルムとヴァンには悪いことをしたか……。だからと言って、牧場で飼っている獣人を食べられるわけにもいかないしな。代わりにドラゴンの肉でも渡してやるか?あれは中々美味うまかったし、俺のインベントリには多種多様なドラゴンの肉がカンスト状態で入っている。更にはノエルが従者の戦闘訓練用にドラゴンを召喚していたはず。その肉も従者たちのインベントリに入っているかもしれない。少しくらい分けても問題はないだろう……)


「ガルム、お前たちはドラゴンの肉を食べたりはしないのか?」

「ドラゴンの肉だと?そりゃ食べるに決まってるだろ?ドラゴンの肉は最高のご馳走だからな」

「最高のご馳走か……。お前たちの大切な牧場を貰うのだ。代わりに祭りの時にドラゴンの肉を差し入れてやろう。それに、お前たちも祭りで振舞う肉は必要だろうからな」

「ちょ、ちょっと待て!ドラゴンの肉だぞ?そんなことが可能なのか?」


 ガルムは訝しげにレオンに聞き返す。ヴァンや供回りの獣人も有り得ないと驚愕の表情を見せていた。

 ドラゴンは秘境の地で暮らすことがい多い。その姿を見ることは滅多になく、姿を現しても討伐するのは至難の業である。

 王であるガルムやヴァンですら十年以上もドラゴンの肉を口にしていないのだ。レオンの言葉を信じられないのも無理はなかった。


「うむ、問題はない。ドラゴンの肉は多めにあるからな。お前たちにも分けてやろう」

「そ、それは期待してよいのか?本当なんだろうな?」

「私は嘘はつかん。期待していろ」

「そうか期待してよいのか、それは楽しみだな」


 ガルムのみならず、話を聞いていた他の獣人も牙を覗かせて笑みを見せている。

 そうしてる間にも目的の場所に着いたのか、ガルムが一軒の大きな家屋へとレオンらを案内する。中では茶色や黒の牛耳女性が、子供をあやしたり寝かしつけたりと、子育てに勤しんでいた。


(うわぁ牛耳だ。そして牛の尻尾だ。触りたいけど、いきなり触ったら失礼だよな……。嫌われても困るし、触るのは仲良くなるまで待つしかないか……)


 レオンが思いにふけっていると、ガルムとヴァンに気付いた女性が驚いたように声を上げる。


「ガルム様にヴァン様!今日はどうしたのですか?つい先日も顔を見せたばかりだと言うのに」

「今日は話があってきた。座らせてもらうぞ」


 ガルムとヴァンは女性の返事を待たずに空いている椅子に腰を落とした。

 レオンも後に続いて椅子に座り、目の前の女性の動向を覗う。女性はレオンらを見て首を傾げるも、直ぐにガルムに視線を移していた。


「ガルム様、この方たちは?」

「我々の――友人だ。今後お前たちの面倒を見てくれる」

「えっと……、どういう事でしょうか?」

「言葉の通りだ。我々は訳あってお前たちの面倒を見れなくなった。だが心配することはない。今後お前たちの安全はこの男が見てくれる」


 ガルムはそう告げると、隣に座るレオンに視線を移した。他の女性は遠巻きに見ていることから、目の前の女性は牛族を束ねる族長のようなものなのだろう。

 レオンも先ずは自己紹介を始める。


「私の名はレオン・ガーデン。先程ガルムが言ったように、今後お前たちの安全は私が保証する」

「私たちは生活が変わらなければ特に問題はないのですが――」

「うむ、では今まで通り暮らせるように私も努力しよう。とは言っても、私にも色々と準備がある。直ぐにとはいかない。ガルムよ、こちらの準備が整うまで、今しばらく彼女たちを守ってはくれないか?」

「それは構わんが――どうするつもりだ?」

「それは後で分かる。今日のところは挨拶だけで帰ろう。他の所にも挨拶だけはしておきたいからな」

「ま、待ってくれ。もしかして今日中に全部回るつもりか?」

「当然だろ?」


 特別な牧場は全部で六ヶ所、少なくともあと五回、帰りを含めると六回は走らなくてはならない。

 そのためレオンの言葉を聞いたガルムはげんなりする。これからあと最低五回は走るのかと……

 レオンは項垂れるガルムに苦笑すると、目の前の女性に視線を移した。


「急な来訪ですまなかった。私たちは用がある故もう行くが、どうか気を悪くしないでくれ」

「それは一向に構いませんが……」

「今度会う時にはお前たちに相応しい街を用意するつもりだ。それまで体に気をつけるようにな。また会える日を楽しみにしている」


 レオンは女性に別れを告げると颯爽と踵を返して扉から出て行った。

 それとは真逆にガルムとヴァンの足取りは重い。レオンの言葉を思い返し眉間に皺を寄せていた。


「なぁ、ヴァンよ。俺の耳が正しければレオンは街を用意すると言ってなかったか?」

「奇遇だなガルム。俺にもそう聞こえたよ」

「「………………」」

「街を寄越せと言ってくるかもしれんな……」

「まぁ、命には変えられんだろ……」


 二人の王は深い溜息を漏らしていた。

 しかも、これから走ることを考えると更に気が重くなる。

 レオンらは水の補給を終えると直ぐに次の牧場に向かい、同じように挨拶だけを済ませると、また次の牧場へと向かった。

 最後の牧場で挨拶を済ませると、レオンは牧場から出て、ぐっと背伸びをする。


(よし!これでいつでも転移の魔法で牧場まで来れる。あとは街を作らないとな。六ヶ所の牧場を管理するには人手がいる。一つの街に押し込めた方が人手は少なくて済むはずだ。だが問題は場所だな……)


 レオンは未だに、ぜぇはぁぜぇはぁ息を荒げているガルムに視線を移した。その横ではヴァンも辛そうに息をしている。


「ガルム、ヴァン、お前たちに頼みがある」


 ガルムとヴァンは遂に来たかと互いの顔を見合わせた。街が欲しいと言い出すのだろうが、流石に王都は勘弁してもらいたかった。

 其々それぞれの種族が長年守り続けてきた大切な場所でもある。ヴァンは恐る恐る様子を窺うように口を開いた。


「お前の頼みは街が欲しいってことだろ?」

「ん?話しが早いな」

「そりゃ、行く先々で街を用意するなんて言われたら直ぐに気付くだろ……。で?何処の街が欲しいんだ?」

「街と言うか土地が欲しい」

「土地だと?……まさか、一から街を作るのか?」

「その通りだ。そこで街を作るにあたり、いま見てきた六ヶ所の牧場が囲む土地、それを全て欲しいのだ」

「い、いや、俺は問題ないが……。ガルム、お前はどうだ?」

「俺も構わんが……、街を作るとなると何年、いや、何十年と時間が掛かるぞ?」

「安心しろ。俺の知り合いに頭のおかしい大工がいる。一週間もあれば完成するだろう」


 ヴァンは何を言っているんだと呆れ返っていた。

 頭がおかしいのは大工ではなくお前だろ?と……

 ガルムに至ってはもう知らんと、そっぽを向いて顔を合わせようともしない。供回りの獣人も愛想笑いを浮かべるのが精一杯だ。

 そんな中でレオンの声だけが響き渡る。


「よし!これで全てが上手くいくな。それでは城に帰るとするか」


 獣人たちは、これからまた走るのかと溜息を漏らさずにはいられなかった。既に陽は大きく傾き、空は茜色に染まっている。城に着くことには真っ暗になっているのは間違いない。

 項垂れる獣人たちを他所に、レオンはガルムやヴァン、供回りの獣人たちを自分の周囲に呼び集める。


「みんな集まったな。では帰るぞ――」


 その言葉を最後に、次の瞬間レオンらの姿は影も形もなくなっていた。


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