侵攻㉛

「ここに牛族がいるのか……」


 レオンは高い石の壁を見上げながらポツリと呟いた。

 目の前にあるのは石造りの城壁。だが、それは攻撃に備えてのものではない。中にいる牛族を逃がさないためのもの。

 それは少し雑に造られた城壁からも見て取れる。石の間には所々隙間があり、破城槌で簡単に崩れ落ちそうな作りであった。見るからに敵に備えての城壁ではない。

 分厚い木造りの門扉もんぴには、通常とは逆に外からかんぬきが掛けられ、見張りの門番は外に配置されていた。

 通常は外敵の侵入を防ぐための門扉であるが、ここでは牛族を外へ逃がさないための、檻の一端を担っている。

 その外観からも、厳重に閉じ込められているのが窺えた。


 レオンは隣に視線を移す。

 そこでは後から遅れてきたガルムたちが息を切らせてへたり込んでいた。


「ガルム、そろそろ落ち着いたか?」

「も、もう少し待って欲しい……」


 ガルムはそう言うと水袋を取り出し一気にあおった。レオンに合流してから既に五分は経つが、未だ息を切らせてら苦しそうに顔を歪めている。供回りの配下も同じような状態で直ぐには動けそうにない。

 レオンは仕方ないかとヴァンに視線を移す。


「そう言えば昨日から少し気になっていた事がある。ガルムとヴァンは無理に私に敬語を使っているだろ?不慣れな敬語は使わなくともよい。お前たちは一国の王なのだ、対等な立場で話をしようではないか」


 それはガルムやヴァンには願ってもないこと。

 怒りを買わぬように不慣れな敬語を時折使っていたが、配下の手前あまりへりくだった言い方はしたくはなかった。

 王と対等というだけでも問題はあるが、それでも王より上よりは遥かにましである。


「分かった。では今後そうしよう」

「うむ、それで聞きたいことがあるのだが――ヴァンはこの中で何人の牛族が生活していのるか知っているか?」

「勿論だ、数は約四百ほど。その内の六割は牝だな」

「ふむ、女の方が多いのか。だがそれだけの人数がいたら逃げ出す者もいそうだな」


 レオンは自分が牧場を管理した時、逃げ出す者がいるのではと危惧していた。

 城壁は高いが雑な造りで、手や足をかける場所は十分にある。素人目にも容易く越えられそうに見えた。

 だがヴァンはレオンの言葉を真っ向から否定する。


「心配はいらない。牛族は魔物に狩られるだけの弱い種族。奴らには我々に保護されているとの認識がある。逃げたりはしない」

「保護だと?だがお前たちは牛族を食べていたのだろう?身の危険を感じた牛族が逃げたりはしないのか?」

「ある歳になったら他の地に移り住むと掟で決められている。いずれこの場所を離れるのは牛族にとっては当たり前のこと。何百年と続いた慣習を疑う者はいない」

「なるほど。それで外に出た牛族を他の場所に移して食べるわけか……」

「その通りだ。尤も、食べるのは年に一度だけ、国の祭りの時にしか食えんがな」

「それだけ貴重という事か。他の豚族や羊族も同じなのか?」

「ああ、そうだ。数は全部合わせても三千にも満たない。毎年繁殖を繰り返してはいるが、ある歳まで育つと食べちまう。だから数が増えることは滅多にないがな」


 ヴァンはそう言って豪快に笑いだした。

 その笑いに後ろめたさがないのは、牛族を食料としか見ていないから。

 レオンはそんなヴァンを見て少し悲しい気持ちになる。そして、改めて種族の違いを感じさせられていた。 



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