侵攻㉚

 翌朝。城の前にはだらしなく寝ているサラマンダーの姿があった。

 その姿を見たレオンは、「しまった!」と、思わず顔を手で覆い天を仰ぐ。

 忘れて帰ったことも申し訳ないが、それ以上に睡眠を取らせていないことに心が痛んだ。思い返せば不眠不休で半月もの間サラマンダーを走らせている。サラマンダーに疲労が見られないことから、睡眠が必要だと言うことをうっかり失念していたのだ。


(うわぁ、やっちまったな……。すまんなゆたんぽ、そういやお前は睡眠が必要だったよな。我慢しなくても良かったんだぞ?気付いてやれなくてごめんな)


 レオンがサラマンダーを優しく撫でていると、背後からツヴァイの冷ややかな声が聞こえてきた。それは怒りを孕み今にも拳を振り下ろさんばかりである。


「レオン様がいらしゃったというのに、図々しくも寝ているとは!トカゲの分際で生意気な!」


(えっ!いやいや魔女っ子よ、ちょっと落ち着け。ゆたんぽ先生は半月も頑張って走り続けてくれたんだぞ?もう少し敬意を払ってもいいんじゃないのか?)


 そんなレオンの願いは届かず、ツヴァイは尚も話を続ける。


「レオン様!このトカゲの愚行は万死に値します。今すぐ細切れにして獣人の餌にでもするべきです」


(えぇ……、もしかして俺の設定が悪いのか?ミラクルだからなのか?なんでこんな阿呆の子になってしまったんだろ……)


「ツヴァイよ、ゆたんぽは半月も走り続けて疲れているのだ。このまま眠らせておこう」


 レオンの言葉を聞いたツヴァイは大きく頷いた。そして杖を高らかに振り上げる。


「畏まりました。今すぐに永眠させましょう」


(ちょっと待てぇえええ!お前はゆたんぽに何をする気だ!眠らせるってそういう意味じゃねぇよ!!)


「やめよ!そういう意味で言ったのではない。気持ちよく眠っているのだ、要らぬ事をするな。ゆたんぽに危害を加えることは許さんからな」

「それでは永眠させることができませんが……」


(この魔女っ子はゆたんぽに恨みでもあるのか?永眠させようとするなよ……)


そもそも、永眠させるつもりはない。普通に睡眠を取らせるだけだ」


 ツヴァイは信じられないと瞳を見開いた。仮にもサラマンダーはレオンの騎乗魔獣、主がこれから移動をしようというのに惰眠を貪るなど許しがたい行為だ。にも関わらず、罰も与えず惰眠を貪ることを許すレオンの寛大さに、ツヴァイは感激し打ち震えていた。


「流石は慈悲深いレオン様、まさかトカゲの愚行を許されるとは……」


(いや、愚行って……、ただ寝てるだけだろ?)


 ヒュンフに視線を向けると、ツヴァイに同意するように何度も頷いている。


(何なのお前ら?ゆたんぽは半月も頑張ったのにちょっと酷くない?)


「……まぁよい。ゆたんぽは不眠不休で走り疲れている。このまま眠らせておこうではないか。我々もガルムやヴァンと同様に走って移動をする。たまには体を動かすのも悪くはないからな」


 レオンの言葉にツヴァイとヒュンフが頷き返すのを見て、ガルムとヴァンは顔を見合わせ溜め息を漏らした。

 牧場は歩いて一日の距離にある。元々足の速いガルムとヴァンは、供回りの配下と走って移動をする予定なのだが、人間には辛すぎる距離であった。

 足の速い獣人なら二時間と掛からず辿り着けるが、人間の足ではそうはいかない。

 しかも中には少女も混じっている。走っても半日は掛かるのでは?と、ガルムとヴァンは表情を曇らせていた。

 レオンに視線を移すと、走る気満々とばかりに屈伸をしながら体を解している。

 ガルムは思わず、ほんとに走るのかよ!と、内心吐露する。


「レオン殿、サラマンダーが使えないのであれば馬を用意しよう」

「ん?それには及ばない。馬はお前たちより遅いのだろう?それでは時間の無駄になる」

「え、いや、しかし、牧場までは歩いて一日の距離。人間の足では走っても半日は掛かるのではないか?」

「我々の身体能力は他者を凌駕する。問題はない」

「はぁ……、まぁ、そう言われるのであれば……」


 ガルムはヴァンに視線を移すと、処置なしとばかりに肩を竦めて見せた。

 後になって後悔しても知らんぞ?ガルムはそう思いながらも出立の準備を進める。

 尤も、準備といっても僅かな手荷物を確認するだけの作業である。供回りの配下は全て足の速い狼族が担う。ガルムは獅子族であるが、高い身体能力から走力でも狼族に引けを取ることはない。最も早く移動するには相応しい構成であったが、それもサラマンダーがいての話。いまとなっては、初めから馬での移動で良かったのではと後悔をしていた。

 ガルムは供回りの配下を見渡し大きく頷く。


「よし!準備は出来ているな。レオン殿、こちらはいつでも出立できます」

「こちらも問題はない」

「それでは行きましょう。初めは軽く流しますが、走るのが辛くなったら直ぐに教えていただきたい。レオン殿が走りやすい速度にこちらが合わせますので」

「うむ、分かった」


 ガルムがヴァンに目配せすと、供回りの配下が一斉に走り出す。

 その後ろにガルムとヴァンが続き、更に後ろにレオンらが続いて長い列を成した。

 初めは軽く流すと言ったように速度はそれほど出ていない。駆け足程度の速さから徐々に速度が上がっていき、街を出る頃には人間の限界近い速度が出ていた。予め露払いがなされているため走りやすく快適である。

 街を出ても速度は衰えず、更に速度は上がっていった。

 レオンらの余裕の走りにガルムとヴァンは認識を改める。恐ろしいのは魔法だけではない、身体能力も人間のそれを超越していると……

 いつしかガルムとヴァンは全力で疾走していた。

 走力の差でガルムが遅れ始めるも、僅かに視線を逸らせばレオンらが余裕の表情で走っている。

 化け物どもが!そんなことを思いながら懸命に足を動かすも、いつしかガルムは遥か後方に置いていかれていた。

 だが、置いて行かれたのはガルムだけではない。供回りの配下も先行するヴァンには付いて行けず、悔しそうに息を荒げている。

 前方に霞んで見えるのはレオンたちとヴァンの姿のみ。

 ガルムは遠くに目を凝らしながら、身体能力でもここまで差があるのかと嘆かずにはいられなかった。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


粗茶 「トカゲはやっぱり目覚めなかったね」

サラマンダー 「仕方ないよ、半月振りの睡眠だし」

粗茶 「しかも目覚めないから遂に捨てられたね。そろそろ保健所で殺処分かな?」

サラマンダー 「えっ!?」

粗茶 「野良トカゲは百害あって一利なしだし、きっと保健所呼ばれるよね」

サラマンダー 「僕、捨てられたの?」

粗茶 「そうだよ、図々しからお城の前に捨てられたの」

サラマンダー 「そんな……」

粗茶 「ちゃんと餌を与えないでくださいって張り紙もしてるあるから」

サラマンダー 「((((;゚Д゚))))」

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