侵攻㉙

 王都には歴史を感じさせる古びた建物が数多く、その街並みはどこか哀愁を感じさせていた。中には日本家屋のような建物も多く見らる。洋と和が混じり合う街並みの景色は、眺めているだけでも時が経つのを忘れさせてくれる。

 牛車の移動速度は歩くよりも少し早い程度。ガルムの居城に着く頃には、たっぷりと一時間を要していたが、レオンにとってはあっという間の時間であった。


 街の入口から居城までの距離、そしてレオンらを出迎えた手際の良さから、ガルムとヴァンが予め街の入口で待機していたのが覗える。その下準備もる事ながら、国王が自ら出迎えたことで、より二人の誠意がレオンには伝わっていた。

 レオンは少し感激しながら牛車を降り、そして目の前にあるガルムの居城を見上げる。

 石造りの居城は苔生し古びてはいるが、しっかりとした造りで荘厳にそびえ立っていた。並大抵の投石や魔法では崩れることはないだろう。分厚い壁を思わせる外観から、素人目に見ても、そう思わざるを得なかった。


「レオン殿、ではこちらに」

「うむ。ゆたんぽ、お前はここで待機していろ」


 レオンが頷き返すと、ガルムは先陣を切ってレオンらを案内する。

 王であるガルム自ら城を案内をするのは、使用人がレオンたちに殺気を向ける恐れがあるからだ。牛車に乗る前、予め居城に使いの者を走らせ厳重に言い聞かせてはいるが、それでも心配が尽きることはない。自分で案内をするのが一番確実で安心である。

 ガルムは居城に入るなり使用人を下がらせると、直ぐに近くの応接室へとレオンらを通した。

 応接室の中に置かれていたのは重厚なテーブル。その周りを熊族が座ってもびくともしない頑丈な椅子が取り囲んでいた。

 棚には来客に備えて水差しやグラスも用意されている。

 部屋の中にいるのはレオン、ツヴァイ、ヒュンフ、そして、ガルムとヴァンの五名、他にもノワールが潜んでいるが、二人の王はノワールに気付く様子はない。

 ガルムが水の入ったグラスをテーブルに置くのを尻目に、レオンは部屋の中を見渡していた。

 石が剥き出しの無骨な作りではあるが、嫌な感じは一切しなかった。寧ろ、それが味を出して落ち着ける空間を醸し出している。

 床には厚みのある絨毯が敷かれ温もりも感じられる。

 落ち着いた部屋の雰囲気にレオンが感嘆の声を漏らす。


「中々よい部屋だな。ランプが灯す石の壁も風合いがある」


 グラスを配り終えたガルムは嬉しそうに牙を覗かせた。

 この居城は何百年と獅子族に伝わるガルム自慢の城、褒められて嬉しくないわけがない。

 もし、レオンが同じ獣人であったなら、城の中を隅から隅まで案内していたろう。だが相手は敵対する人間である。ガルムは気を引き締めると話の続きを促した。それをヴァンも後押しする。


「レオン殿、お褒めの言葉ありがたく頂戴しよう。だが、そのようなことよりも、先ずは話しの続きをしようではないか」

「如何にも、レオン殿が叶えて欲しい願いとは、一体どのようなものなのですかな?」


 レオンはグラスの淵に軽く口をつけて唇を湿らせた。

 水は少し温いが不味くはない、この時期の肌を刺すような温度にはちょうど良いくらいだ。

 レオンはグラスを置いてガルムとヴァンを交互に見つめる。緊張から二人の喉がゴクリと鳴る中、レオンは厳かに口を開いた。


「人間を食べるな。それとお前たちは、牛族、豚族、羊族を飼っているな?それを牧場ごと全て譲り受けたい」


 人間を食べるな、それは分かる。人間の命を脅かす行為ははなはだ許しがたいだろう。だが牧場が欲しいとはどういう事だろうか?ガルムとヴァンは互いに顔を見合わせ難しい顔をする。

 抑、その程度のことで許してもらえるとは思っても見ないことだ。

 そのためヴァンは訝しげにレオンに尋ねる。


「レオン殿、それだけでよろしいのか?」

「そうだな……。取り敢えず他国に攻め込むような真似は今後するな。他種族に危害を加えることも許さん」

「それはまぁ……、そうでしょうけど……」


 歯切れの悪い言葉に、レオンは何か不味かったのか?と、眉間に皺を寄せた。そして自分の発言を振り返り、あることに思い当たる。


(そうか!もしかして逆に攻め込まれた時のことを心配しているのか?確かにそれなら他種族に危害を加えるなと言うのも無理がある。人間にも盗賊のような馬鹿どもがいるからな。好き勝手に暴れられたら胸糞悪いだけだ)


「すまない、他種族に危害を加えるなと言うのは無理があった。もし他国が攻めて来たら反撃をすることを許す。黙って殺されるのは愚かな事だ。例え相手が人間であってもやぶさかではない。場合によっては私も力を借そうではないか」

「はぁ……」


 ヴァンは何とも気の抜けた返事で返すと、困ったようにガルムに視線を向けた。

 これで本当にいいのか?と……

 どいうわけか他国が攻めてきたら力を借すとまで言っている。ガルムもレオンの真意を確かめるため、顔色を覗いながら尋ねた。

 

「レオン殿、あなたの願いは聞き入れよう。人間を食さない、そして牧場もお譲りする。他国に攻め入らないことも約束しよう。その他にも、我らは責任を取る意味でも首を差し出す覚悟はできているが――」

「迷惑だからやめてくれ……。お前たちが私の願いを叶えるなら命を奪うつもりはない。最初にそう言ったはずだ。それに獣人の王が全ていなくなっては国が混乱するだろう?死ぬくらいなら国を纏める事に専念して欲しいものだな」


 ガルムとヴァンとて馬鹿ではない、自分たちの後任は既に決めている。それはドンも同じこと、いま熊族はドンの息子が纏め上げていた。

 後顧の憂いがないよう準備は整えている。

 何故なら人間の怒りを少しでも鎮めるため、そして責任を取る意味でも、ガルムとヴァンは命を差し出す覚悟ができていたのだから……

 にも関わらず、レオンからの返事は迷惑だからやめてくれ。流石にこれにはガルムも苦笑いを浮かべる。


(迷惑だからやめてくれ、か……。これもドンのお陰なのかもしれんな。まだ俺にも生きてやることがあるという事か……)


「分かった。では、我々は国のために今一度尽力しよう」

「うむ、分かってくれて何よりだ。本当は直ぐにでも牧場が見たいのだが――もう既に夜も更けている。また明日の朝に出直すとしよう」

「では、こちらに泊まられては如何だろうか?文化が違う故、十分な持て成しができるか分からないが、それでもできる限りのことはしよう」

「いや、それには及ばない。私は一度屋敷に帰るつもりでいる。明日の朝、この城の前で落ち合おうではないか」

「屋敷に帰るですと?」

「うむ。私は転移の魔法が使える故、一瞬で屋敷に帰ることができるのだ。泊まりの申し出はありがたいが、私も久しく屋敷に帰っていないのでな。ではまた明日――」


 次の瞬間、突如としてレオンらは姿を消していた。

 転移の魔法は知られると色々と面倒ではあるが、獣人は他国に攻め込む以外で国から出ることはない。ガルムが他国に攻め込まないと約束をした以上、どの国とも国交を持たない獣人たちが、国外に情報を漏らすことはないと思えた。それに既に多くの獣人に神炎の翼レーヴァテインを見られている。魔法を隠すのも今更である。

 ガルムとヴァンは姿の消えたレオンを探すように部屋中を見渡した。

 だが部屋の中には影も形もない。レオンの言葉が正しければ、転移の魔法とやらで屋敷に帰ったに違いない。少女の使った炎の魔法のこともある、有り得ない事ではない。

 二人は大きく溜息を漏らしては、疲れたように肩を落とす。


「ガルムよ。あれは一体なんなのだ?本当に人間なのか?」

「さぁな、俺は神と言われても信じてしまいそうだ。まったくどうかしている。少女が出鱈目な攻撃魔法を使ったかと思えば、あの男は転移とか言う一瞬で移動する魔法を使うんだぞ?既に俺の理解の範疇を超えている」

「確かにその通りだな。ほんとに何でもできそうで怖気が走るぜ」

「我々も呑気に話してる時間はないぞ?やることは山ほどある。約束したことをたがえる訳にはいかないからな」

「そうだな……」


 ガルムとヴァンは同時に立ち上がり、部屋を出て配下を呼び集めた。

 集まった配下を前にレオンとの約束事を伝えると、全ての国民に徹底して守らせるように檄を飛ばす。

 獣人たちが慌ただしく走り回る中、城の前に忘れ去られたサラマンダーは、そうとは知らずに欠伸あくびをしながら獣人たちを眺めている。

 時折、城の中を覗き込んではレオンの影を探すも、姿を見つけられずに寂しそうに項垂れていた。サラマンダーも疲れが溜まっていたのだろう。朝方には地面に顔を横たえ深い眠りに落ちていた。その寝息は白んだ空に吸い込まれるように響き渡り、獣人たちは迷惑そうに顔を顰める。

 なんでお前はここにいるんだよ、と……









―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


粗茶 「トカゲはなに勝手に寝てんの?永眠するの?」

サラマンダー 「えっ!いや、永眠はしないから!そもそも僕、半月寝てないんだよ?」

粗茶 「だから何?」

サラマンダー 「問題があるでしょ?ペット虐待とか。あとご飯も貰ってないからね」

粗茶 「面倒だな、もう永眠でいいよ」

サラマンダー 「なんでそうなるの!面倒って酷くない?」

粗茶 「次回178話:サラマンダー目覚めず!」

サラマンダー 「うそん!Σ(゚д゚lll)」

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