侵攻㉘

 この少女を殺すことが出来れば……

 二人の王が放つ僅かな殺気にツヴァイは即座に反応していた。


「殺る気?」


 ツヴァイがギロリと睨み殺気を向けた瞬間、ガルムとヴァンの体から汗がぶわっと溢れ出す。

 まるで空間が歪んだように視界が歪み、体が硬直して身動きが取れなくなった。

 空気にはドロッとした粘度が纏い息が詰まる。二人は深呼吸をするように大きく息を吸い込んでは吐き出す。呼吸をするのもやっとの状態、気を抜いた瞬間、意識が遠のき倒れそうになる。

 獣人の本能が戦っては駄目だと全力で警鐘を鳴らしていた。

 視線を僅かに逸らせば、明かりを灯していた数人の配下が気を失い、地面に倒れ伏している。

 このままでは命に関わりかねない。ガルムは僅かに動く口で必死に言葉を吐き出した。


「我々に戦う意志はない。殺気を鎮めて欲しい」

「そう、以後気をつけなさい」


 ツヴァイが殺気を鎮めると、体に纏わり付くような重い空気が嘘のように軽くなる。

 普通に呼吸ができるようになり、ガルムとヴァンは胸を撫で下ろした。倒れた配下は未だ気を失ったままだが、呼気が聞こえることから命に別状ないだろう。

 二人は安堵の溜息を漏らすと互いに目配せをする。このまま外で立ち話をして怒りを買うのは避けたい。先ずは話しを聞く前に場所を移した方が良いだろうと――

 ガルムとヴァンは互いの意思を確認し合うように頷き合っていた。

 一方のレオンは、ツヴァイとガルムの会話に訳も分からず首を傾げる。ツヴァイの殺気は獣人にのみ向けられているため、レオンはツヴァイの殺気に全く気付いていない。

 ガルムの戦う意志はないという言葉から、特に問題はないだろうと、その場をやり過ごしていた。


「レオン殿、このような場所では落ち着いて話も出来ないでしょう。願いとやらを聞く前に、我が居城にご案内したいがよろしいだろうか?」

「そうだな。私も獣人の王都がどのようなものか見てみたい。居城までの案内を頼む」

「心得た。では少々お待ちいただきたい」


 ガルムはそう言うとヴァンと共に踵を返して部下に指示を与え始めた。

 王都の中に狼族の男が消えていくと、代わりに大きな牛車ぎっしゃが運ばれてくる。逞しい二頭の牛が引くのはみやび形屋かたや。漆塗りのような赤と黒の艶やかな光沢がレオンの瞳に飛び込んでくる。

 所々が金で装飾された外観は、何処か日本の伝統工芸を彷彿とさせていた。

 付き添いの獣人が形屋の扉を開けると、ヴァンがレオンらへ乗り込むように促した。


「レオン殿、それとお連れの方々もどうぞこちらに」

「うむ。それとゆたんぽ――サラマンダーも王都に入れてよいか?」

「大人しくするのであれば問題はない」


 レオンは鷹揚に頷き返しサラマンダーの背から飛び降りる。

 サラマンダーに後から付いてくるように伝えると、レオンらは牛車に乗り込んだ。

 外見通り形屋の中は広く、六人がゆったり座れる広さがある。レオンを真ん中に左右にツヴァイとヒュンフが座り、向かいにはガルムとヴァンが腰を落とした。

 目と鼻の先、手を伸ばせば直ぐ届くところに相手が居る。

 本来であれば襲うには絶好の好機であるが、ガルムとヴァンは無駄だろうと諦めていた。こんな狭い空間に警戒もなく乗り込むような相手、つまり襲われても対処できる実力があるのだと――

 少女から受けた殺気からも実力の差は明確である。下手に怒らせるべきではないと二人の本能が訴えていた。

 牛車はゆっくりと動き出す。

 レオンは暗がりでもはっきり見えるよう万物の瞳ユニバースアイを発動させると、物見窓を僅かに開けて興味津々とばかりに外の様子を覗っていた。楽しげな様子のレオンを見て、ツヴァイやヒュンフも自然と笑みが溢れてくる。

 そんなレオンらに話し掛けることもできず、ガルムとヴァンは静かに見守ることしかできなかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る