侵攻㉗
予想通り王都には半日も掛からずに到着する。
夜の帳が降りるj頃、レオンは王都ライオネルの城壁を見上げていた。
闇夜に浮かび上がるのは煌々と篝火が灯された巨大な城壁、その上では兵士と思われる獣人たちがレオンらを見下ろしていた。
その動きからは戸惑いの様子が見て取れる。慌ただしく城壁の上を駆け回ってはいるが、いまのところ攻撃の意思はないようだ。
レオンは巨大な城壁を見上げて言葉を漏らす。
「ここが王都か……」
流石に王都というだけあり、その城壁は今まで見てきたどの砦よりも高さがある。
恐らく何百年も王都を守ってきたのだろう、石造りの城壁は苔生し長い年月を感じさせる。
横に何処までも伸びる城壁の長さからは王都の大きさが覗えた。
「見事な城壁だな。ヒュンフ、この王都に二人の王がいるのだな?」
「はっ、王の下に忍ばせている隠密の情報では、どうやら我々のことは既に伝わっております。ですが、残り二人の王は想定外のことに戸惑っているとのことです」
(想定外だと?一体どういうことだ……)
レオンが口を開こうとするも、それより先にヒュンフの声が背後から聞こえた。
「レオン様、獅子族の王と狼族の王が出てくるようです」
「なに?」
ヒュンフの言葉を肯定するかのように、巨大な門がゆっくりと開かれていく。
王都から出てきたのは数百人の獣人たち。たが戦う意志はないのか誰もが武具を身に着けていない。
獣人たちは身なりの良い格好をしており、手には明かりを灯したランタンが握られている。
洗練された動きで二列に隊列を組み、右に獅子族、左に狼族とに分かれて真っ直ぐな列を作った。その列は号令とともに動き出し、一糸乱れぬ動きでレオンの下まで行進する。
先頭の獣人がサラマンダーの目と鼻の先まで来ると、再び号令が掛かり、二つの列は綺麗に左右へと分かれていった。すると今度は獅子族と狼族が向かい合うように向きを変える。
獣人たちはその場で跪きランタンを掲げると、一本の光の道が王都の中にまで伸びていた。
レオンらがそのまま見守っていると、奥から二人の獣人が歩いてくる。
一人は黄金の
見るからに獅子族と狼族の王であるが、もしかしたら替え玉とも限らない。レオンはヒュンフに裏を取るべく振り返り口を開いた。
「ヒュンフ、あれは間違いなく残り二人の王か?」
「傍にノワールが付いております。間違いございません」
「うむ。そうか……」
確認を終えたレオンは二人の王に視線を向ける。
それに呼応するかのように、悠然と歩く二人の王はレオンの眼前で歩みを止めた。威風堂々とした佇まいからは、王としての威厳が手に取るように伝わってくる。
レオンのような紛い物とは比べるまでもない。誰かの上に立つとはこういうものなのだと、まざまざと見せつけられていた。
(ドンもそうだったがやはり貫禄が違うな。俺にもあれくらいの威厳があったらなぁ……)
のほほんとレオンが眺めていると、二人の王は真剣な眼差しで見つめ返していた。
サラマンダーに跨っている男はレオンのみ。この男が一行を束ねる者かと、二人の王はレオンに名乗り出た。
「お初にお目に掛かる。私は獅子族の王、ガルム・デロイド」
「そして私は狼族の王、ヴァン・ウォルフ。貴殿の名をお聞かせ願いたい」
レオンが名乗ろうとするも、それを遮るかのようにツヴァイが口を開いた。その声は決して明るいものではない。低く重い声に周囲に緊張が走る。
「レオン様とお話をしたいのであれば、先ずは跪くのが礼儀ではないかしら――そう言えば、お前たちは既に死ぬ覚悟が出来ているのよね?確かあの熊がそんなことを言っていたし……。レオン様、あの獣人を殺せと私にご命令ください」
レオンは立ち上がろうとするツヴァイを慌てて引き寄せ頭を撫でる。
「よさないかツヴァイ。少し大人しくしていろ。ドンの最後の言葉を無下にするな」
ドンの最後、その言葉が二人の王に重く伸し掛る。
やはりドンは亡くなったのかと僅かに二人の表情が曇った。
人間がサラマンダーで、しかも数人でやって来たのには驚かされたが、ドンを倒してここまで来たのだから手練には違いない。
少人数で来たことから使者、
そして先程の少女の言葉からは、明らかにレオンなる人物が一介の兵士ではないことを示唆していた。
それなりの地位にある人物であることは間違いないだろう。だが、ガルムとヴァンは獣人の王として他者に跪くことはできない。
それは自分に従う全ての獣人が誇りを捨てることを意味している。
「獅子族の王としてこの命を差し出す覚悟はできている。だが相手が誰であろうと種族の誇りを捨てることはできない」
「私もだ。人間を攫った責任はこの命で償おう。だが膝を屈することはできん」
二人の言葉にレオンは苦笑いを浮かべる。
レオンとしては跪く必要もなければ二人の命を欲しいとも思わない。自分の要件さえ飲んでもらえるなら、どちらも不要なことだ。
「私の名はレオン・ガーデン。先ほど私の従者が述べた言葉は気にするな。それにドンにも寛大な配慮をと頼まれている。お前たちの命を奪うつもりはない。尤も、私の願いを叶えることが条件だがな」
ガルムとヴァンは訝しげにレオンを見据えた。
ドンに寛大な配慮を頼またというのも気にはなるが、それ以上に、私の願いを叶えること、その言葉に違和感を覚えたからだ。
国の願いを、若しくは、我らが王の願いを叶えること、ならまだ分かる。
だが、私の願いを叶えることでは、まるで自分が一番偉いかのような言い方ではなかろうか。
ガルムは言葉の真意を確かめるためレオンに問う。
「失礼だが、レオン殿はどのようなお立場の方であろうか?」
「立場か……。まぁ、そうだな。唯の冒険者ということにしておこうか」
「それではアスタエル王国とは関係ないと?」
「うむ、そういうことだな」
「いや、それでは……、少し待ってはくれないか?では、我らが国へと侵攻してきたのは国軍ではないのか?」
「その通りだ。私を含めた六人と、このサラマンダーだけだ」
予想外の言葉を聞いて、ガルムは驚きで瞳を見開き唖然とする。
たったの六人と一匹、しかも魔導砲のような兵器は見当たらない。恐らくこの場に居ない他の三人が運んでいるのだろうが、それでも余りに数が少なすぎる。
しかも、地上の敵であれば兵器を使われる前に倒すことも出来たはずだ。
ヴァンもそんなことは有り得ないと直ぐにレオンへ問い正す。抑、そんな少人数で、獣人一万からなる砦を落とせるわけがないのだから。
「冗談はやめていただきたい。そんな少人数でどうやって我らの砦を落としたというのです」
「ふむ。確かドンにも同じことを言われたな。実際に見せた方が早いだろ。ツヴァイ、
「畏まりました。では――[
ツヴァイは頷き返すと、漆黒の草原に狙いを定めて魔法を唱えた。
それは敵意を向ける獣人を、圧倒的火力で黙らせるため。ツヴァイは敢えて
(ちょっと待て!
空が光った瞬間、遥か遠くの草原に三本の光の柱が降り立った。
光は見る間に炎へと変わり、真っ暗な草原は赤い炎に飲み込まれる。魔法の相乗効果も重なり、空は夕焼けのように真っ赤に燃えて天を焦がす。
獣人たちは押し寄せる熱風に目を細めながら、どこまでも広がる炎を瞳に焼き付けていた。
天高く舞い上り渦巻く炎は、まるで世界の終わりを彷彿とさせる信じがたい光景である。
ガルムとヴァンは魔法を放った少女を見て、これが砦を落とした正体かと瞳を見開いていた。
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