侵攻㉓
砦では従者たちが今や遅しとレオンの帰りを待ち侘びていた。
漆黒の渦からレオンが姿を見せると
その仰々しくも洗練された動きにレオンは眉尻を下げる。
(相変わらず息ぴったりだな。拠点や屋敷でもそうだが、もしかして出迎えの練習なんかもしてるんだろうか……)
「出迎えご苦労。遅くなってすまなかったな」
「レオン様が謝る必要はございません。主を待つのも従者の勤めでございます」
ツヴァイの言葉に他の従者も同意とばかりに頷いている。
特に霞はこれでもかと、ブンブン首を振っていた。そして同時に股間はダダ漏れの状態である。
尤も、それに気付いている者は誰もいないのだが……
レオンはツヴァイに鷹揚に頷き返すと、ヒュンフに視線を移した。
「うむ。ではそろそろ人間を助けるとするか。ヒュンフ、砦に食料はあるな?」
「ございます。お持ちいたしましょうか?」
「いや、必要ない。場所だけ教えて欲しい」
「食料はあちらの建物に大量に保管されております」
ヒュンフが指差す先には倉庫のような建物が並んでいた。
食料庫といったところだろうか、水は広場に井戸があるため問題はない。しっかりと蓋もされているため、血も混じっていないだろう。
「よし、ではお前たちは全員この砦から離れろ。人間たちに姿を見られると厄介だ。ゆたんぽを連れて行くことも忘れるなよ」
それを聞いたツヴァイが難色を示した。
「レオン様、私もでございますか?」
「そうだ。姿を見られると説明が面倒だからな」
「……畏まりました」
レオンと一緒にいられないことにツヴァイは肩を落とす。
だが、我が儘を言うわけにもいかず、そっと深い溜息を漏らしていた。
「では、みなは砦から見えない場所で待機だ。私は顔を隠して人間を国境まで送り届ける。少し時間は掛かるが大人しく待っていろ」
「はっ!!」
レオンは遠ざかる従者を横目に、インベントリから装飾用の真っ白な仮面と、フード付きの真っ黒なマントを取り出した。
仮面とマントを身に着け、フードを頭からすっぽり被ると、もはや誰かは分からない。
城壁に上り、近くの貼り付けにされている男に近づくと、男は叫び疲れたのか死んだように眠っていた。
レオンは適当な剣を取り出し、手早く男の縄を切って声を掛ける。だが反応がない。
結局、剣の鞘で小突いて無理やり起こすと、男は不審な格好のレオンをキョトンと見上げた。
そして縄が切られているのを見て驚きの声を上げる。
「あ、あんたが縄を切ってくれたのか?でも獣人は……」
周囲には至るところに血痕が残っているが獣人の姿は何処にもない。
男が目を丸くしているのを見てレオンは改めて声を掛ける。
「お前たちを助けに来た。訳あって顔は見せられないが怪しい者ではない。獣人は既に退けているから安心しろ」
「助けに?じゃあ、あんたはアスタエル王国の兵士なのか?」
「悪いが素性は明かせない。それよりも、そこら辺に転がっている剣で縄を切るのを手伝ってくれ」
「あ、ああ、分かった」
城壁の上には殺された獣人たちの武器が散乱している。
男は言われるまま剣を手に取り、他の男たちの拘束を解いていった。更に拘束を解かれた男たちも、他に拘束されている男の縄を切って回る。
ねずみ算式に解放者が増えるため、全ての男たちの拘束を解くまで然程時間は掛からなかった。その間もレオンは質問攻めにあうが、素性は明かせないと何も語ることはない。下手に要らぬ事を話して素性が割れることを恐れたからだ。
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