侵攻㉒
ドンを弔いレオンは砦に足を踏み入れていた。
最初に感じたのは不快な死臭と血の匂い、目にしたのは夥しい数の獣人の亡骸。
そして、城壁の上では攫われた人間たちが気が狂ったように泣き叫んでいる。
無理もない。貼り付けにされ身動きが取れない上に、そこかしこから死臭が漂うのだ。冷静で居られる方がどうかしている。
命の危険がある状態で助けを求めるのは当然だろう。
置かれている状況には大いに同情するが、だからと言って、いきなり五百人もの拘束を解いたらどんな行動を起こすのか――それを考えると安易に縄を解くことはできなかった。
砦内には至るところに獣人の遺体が転がっている。それは人間のいる城壁の上も例外ではない。
錯乱して城壁から飛び降りる人間がいてもおかしくはないだろう。そうでなくとも暗闇の中で動き回るのは危険を伴う。城壁から飛び降りる気がなくても、転がっている遺体に
助け出した後に勝手に死なれても後味が悪いだけだ。
何よりアスタエル王国に返す人間に姿を見られたくはなかった。
それに……
(寛大な配慮を頼むと言われたしな。先ずは獣人の遺体を弔うか……)
レオンは砦の中央広場で足を止めた。
其処には一際多くの遺体が散乱し、周囲の地面や壁は血で真っ赤に染まっている。
最も
余りの遺体の多さにレオンは思わず溜息を漏らす。
(はぁ……、随分と派手に殺したな。矢で射抜かれた跡があるからヒュンフの仕業か……。扉の前の遺体も退かさないと屋内に入れないし、さっさと終わらせるか――)
「二人とも少し離れていろ――[
レオンが唱えたのは二つの場所を繋ぐ魔法、
繋げた場所はドンを送った草原、弔うならドンと同じ場所が相応しいだろうとレオンなりの配慮である。
自身の身長の三倍程まで広がった渦を確認すると、レオンは納得するように首を大きく縦に振った。
「獣人の遺体は纏めて燃やす。ヒュンフ、隠密を使い
「レオン様、数が多いため少々手荒に投げ入れてもよろしいでしょうか?」
「構わん、どうせ全て灰になるのだ。弔ってやるのだから、多少手荒に扱っても獣人たちも許してくれるだろう。それに、いつまでも人間たちを放置するわけにもいかないからな」
「畏まりました。血が飛び散ると思いますのでレオン様はお下がりください」
「うむ」
レオンは鷹揚に頷き返すと、ヒュンフの言葉に従い邪魔にならない場所まで退いた。
すると、そこかしこにある遺体が宙を舞い、吸い込まれるように漆黒の渦に飲み込まれていく。
隠密たちは目にも止まらぬ速さで次々と遺体を投げ入れていた。
広場に散乱していた亡骸は瞬く間に姿を消し、あとに残るのは赤黒い血溜まりのみ。
そして、今度は城壁の上からも遺体が投げ込まれた。血液が広範囲に飛び散り、広場は更に真っ赤に染まる。
このまま順調に行くと思われた遺体処理であったが、屋内の遺体が予想以上に多いこともあり、外に運び出すのに相応の時間を要していた。
レオンは薄らと白んだ空を見上げ、「そう簡単には終わらないか」と、苦笑する。
結局、全ての遺体が砦から消える頃には、陽が僅かに顔を出し、光が大地を照らし始めていた。
最後にレオンも
魔法で強化した
その時間は僅かにも関わらず、獣人たちは見る間に灰となり姿を消す。
レオンはその様子を静かに見守り心に思う。
(俺に出来るのはここまでだ。願わくば安らかに眠ってくれ――)
広大な草原からは、真っ白な煙が立ち上る。
それは、まるで魂が天に昇るかのように上空に消えていった。
朝焼けに照らされた、その
いつまでそうしていただろうか。
草原から煙が消えると、レオンは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます